精神科医として、長年医療に携わる一方、900冊を超える著書を刊行してきたのが、和田秀樹氏。
「いつまでも今の自分でいられるわけではない」──その現実を見つめてきたからこそ、「今」を生きることが大事だと和田氏は考える。
老いと死生観、そして医療という観点から「情弱(情報弱者)」にならない生き方、そして理想の医療とは?
Profile
第127回 和田 秀樹 (わだひでき)
精神科医
1960年大阪府生まれ。灘高校に上位5位で入学後、東京大学医学部に進学。
卒業後は同大学附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを歴任。
その後、高齢者専門の精神科医として、35年以上にわたり一貫して日本の老人医療・老年精神医学の現場に携わり続けている。
現在は「和田秀樹こころと体のクリニック」院長を務める傍ら、川崎幸病院精神科顧問、一橋大学経済学部非常勤講師、立命館大学生命科学部特任教授、綠鐵受験指導ゼミナール代表、幸齢党党首。中高一貫校の東京大学受験指導塾「鉄緑会」の創業など、多方面で活動。
著書累計は1000万部を超え、高齢者医療の経験から、頑張りすぎない生き方や健康法を説き、年間ベストセラー1位を記録した『80歳の壁』(幻冬舎新書)のほか、『70歳が老化の分かれ道』『60歳からはやりたい放題』などのベストセラーを多数刊行。
医療・教育、さらには政治経済の評論や映画監督としても活動し、枠にとらわれない独自の視点から「人生100年時代」の賢い生き方を提言し続けている。
今できることを今しよう

「好きなものは先に食べるか? 最後に残すか?」という話がありますが、私は子どもの頃、どちらかと言うと、まず嫌いなものから食べて、好きなものを最後に取っておくタイプでした。でも、いつからか「いつまでも美味しいものが食べられるとは限らない」ことに気がついたのです。
それは、最初に勤めた高齢者専門の総合病院でのことでした。元大学教授や元大臣、元社長といった方々が来院や入院されるのですが、その頃には寝たきりや重度認知症に陥っていました。そのような姿を目にするたびに、「いつまでも今の地位のままでいられるわけではないのだな」と実感しました。そして、「いつまでも美味しいものを食べられるわけではない」「いつまでも元気で旅行に行ける自分ではいられない」とも。
私はワインが趣味なのですが、今年になってなかなか手に入らないアンリ・ジャイエの1985年もののワインを2本購入しました。買ったのはいいけれど、では、誰といつ飲むか? が問題です。だから、目標を決めました。「75歳まではワインを美味しく飲める体でいよう」。2035年、私は75歳になります。これらのワインは2035年に50年ものになるので、美味しいはずです。そして、それまでなら体もまだ大丈夫かな、と思うのです。
75歳が一つの目安。
「歳を取る」ということは、「楽しみを待っていられない」ということです。
だから、私は「老後の資金」としてお金を残しておくという発想もあまりありません。あと、私は今、糖尿病や心不全、高血圧もあるのですが、今「ワインをやめなさい」と言われたってやめる気はないです。
旅行も同じです。80代も半ばになれば、たとえファーストクラスを乗り継ぎ、空港には運転手がお迎えに来るような大名旅行であっても、きつくなります。普通にエコノミークラスを乗り継いだり、バスに乗ったりする旅行なら、なおさらです。私は海外に行くと自分でレンタカーを借りるのですが、「こういう旅がいつまでできるのかな」と行くたびに思います。だからこそ、元気に旅行できる時に行っておく必要があるのです。
もう一つ、これとコインの「裏」と「表」の関係のような哲学があります。
それは、「人間いつ死ぬかわからない」。
いつ死ぬかわからない。だから、今を楽しめということです。
「確実に長生きできる方法」はない
医者をやっていてすごくわかるのは、どんなに体に気をつけていても病気になるし、どんなにいい加減にやっていても長生きする人もいる、ということです。
医療は病気のリスクを下げたり、寿命を延ばす可能性を高めたりすることはできるかもしれません。でも、その人の人生や寿命を保証することはできません。「こうすれば長生きできる」なんてものは、そもそもありえないのです。でも、みんな、長生きできる方法があると思うから、ジタバタするわけです。
死が怖いのかもしれませんが、これも漠然としたイメージだろうと思っています。
多くのお年寄りが亡くなっていく姿を見ていると、寝たまま起きてこないという感じです。
先日、母が亡くなったのですが、だんだん食べなくなってきたと思ったら、ある日「脈が触れなくなった」と病院から連絡がありました。行ってみたら、うなずいたりはできる。だから、あと数日は持つかなと思ったら、その日の夜に今度は「呼吸しなくなった」と連絡があり、結局亡くなりました。亡くなるというのは、そのようなものなのかもしれません。
85歳過ぎたら、ガンと認知症は当たり前
私の人生観を変えたある出来事がありました。
私が勤めていた高齢者病院では、亡くなった方を数多く解剖しました。そこで目にしたのは、本人も家族も医師すら気づかない小さなガンや、アルツハイマー型認知症に関連する脳の変化が、特に85歳以上のほとんど全部の高齢者に見つかるという事実でした。
しかし、ガンがあっても死因がガンという人は、生前の診断では 3分の1程度。残りの3分の2の方は別の病気が直接の原因となっているということになります。このように、たとえ体内に病変があったとしても、それが症状を引き起こし、寿命につながるとは限らないということです。
多くの方はガンは痛くて、苦しみながら亡くなる病気だと思いがちです。でも、この例や手遅れになるまで気づかないことを見ても、実は無症状なことが多いのです。 もちろん、ガンそのものが痛みを引き起こすことはあります。けれど、ガンを苦しい病気にしていることの一つには、体に大きな負担を与えがちな「治療」もあると思っています。
鳥のガン、うさぎのガン、亀のガン
ガンについて、私が信じている説があります。ダートマス大学のウェルチ教授が唱えたもので、ガンには「鳥のガン」「うさぎのガン」「亀のガン」の3つがあるというものです。
鳥のガンは非常に進行が早く、早期発見しても、見つかった時点ですでに目に見えない転移をしている場合が多いです。一般的な膵臓ガンなどがそれです。この場合、治療はちょっとした延命程度でほとんど意味がありません。
亀のガンは進行が遅く、放っておいても少しずつしか大きくならず、転移もしません。命には関わらないので、そもそも早期発見して治療する意味がありません。たとえば、一部の甲状腺ガンや前立腺ガンの多くがそれです。

だからこそ、検診で見つかったからといって必要以上に数値に振り回されたり、慌てて体に大きな負担がかかる治療に飛びついたりするのは、あまり意味がないと私は思っています。
人生、開き直り
50代、60代、70代……と歳を重ねるにつれて、「この血圧を放っておいたら、脳卒中になりますよ」「血糖値が高いのをこのままにしていたら、透析ですね」など、健康診断でなにかしら言われるものです。
でも、いくらまじめに治療していても、なる時はなるし、ならない時はなりません。
アメリカで行われた有名な大規模調査に、こんなデータがあります。上の血圧が平均170の高齢者を「降圧剤を飲むグループ」と「飲まないグループ」に分けて、5年余りにわたり追跡調査を行いました。
その結果、降圧剤を飲んで血圧を下げたグループで脳卒中になったのは約5%。一方、飲まなかったグループは約8%でした。たしかに降圧剤を飲めば、脳卒中のリスクを8%から5%へ減らす効果はあります。しかし裏を返せば、降圧剤を飲まなくても、92%の人は脳卒中になっていないという事実がそこにはあるのです。
また、血圧を下げようとした場合、単に薬を服用するだけでなく、塩分を控えて味つけの薄いものを食べたり、生活習慣を変えたりと、さまざまな我慢を強いられますよね。残りの人生をそのように過ごしても、脳卒中のリスクが8%から5%に減るだけで、ゼロになるわけではありません。しかも、我慢して薬を飲んだのに結局その「5%」に入ってしまうのか、それとも、何も気にせず飲まなくても脳卒中にならない「92%」に入るのかは、今の医学では予想がつきません。
このように、人間の力では抗えないものがあることは知っておいたほうがいいと、私は思っています。私は50歳前後で「ジタバタしたところでどうしようもない」と開き直りました。その後、糖尿病や高血圧が見つかりましたが、数値を下げるためだけの過度な治療や、好きなものを我慢するような生き方はしていません。
「情弱」にはなるな
とはいっても、人間はやっぱり、「悪いことは起こる」という前提で、事前情報は取得しておくべきです。たとえば、40歳以上の日本国民は全員介護保険料を払っていますが、自分が認知症になった時に、それをどう使うかを予習している人はとても少ない。そういう意味では、情報弱者、いわゆる「情弱」な人が多いですね。
病院選びもそう。医療においての一番の情弱は、肩書きだけで大学病院を選ぶ人です。
2014年、群馬大学病院で、同じ医師が肝臓の腹腔鏡手術を行い、8人の患者を死亡させたという事故が発覚しました。後年の調査で、開腹手術なども含めると、全部で30人もの患者が亡くなっていたことがわかりました。 その医者の技術に問題があるのはもちろんですが、そもそも指導医がきちんとついていないなど、大学の体制自体が問題なんですよね。
おそらくこれは、氷山の一角でしょう。
もともと、群馬大学病院は臨床よりも「研究重視」と言われてきました。実践に強いわけではない。にもかかわらず、「大学病院だから」という理由だけで選んでしまう。群馬からは新幹線で1時間ほどで東京に着くんですよ。東京には腕のいい医者のいる病院はいくらでもあるのに、それでも近場の大学病院を選んでしまう。患者側がもっと情報を持つ必要があります。肩書きに引っ張られて、医者のベルトコンベアにただ運ばれるような状態になってはいけないと思います。
私が思い描く「理想の病院」

これからは「長生きすればいい」という時代から、「いつまで元気でいられるか?」を問う時代に変わりつつあります。
そのための構想として、私には10年来考えていることがあります。それは、名医だけを一つに集めた病院をつくることです。
日本には「国民皆保険」という制度があるので、お金持ちもそうでない人も、同じように保険診療の病院に行き、診療を受けています。一方、アメリカのような資本主義の国では、お金をたくさん払えばいい医者に巡り会える仕組みがあります。
日本もこれだけ格差社会になったのだから、会員制の「名医病院」があっていいと思っています。日本中から本当に腕のいい名医を引き抜き、会費制の病院をつくるのです。
そして、その名医病院には「付属の医学校」を併設させます。名医の技を学びたい研修医を集める仕組みです。彼らが診る診療所は無料にする。名医の指導を受けた「名医の弟子」のほうが安心できますよね。一流店で修業した職人が握る寿司のほうが美味しいのと同じです。
お金を出せば最高峰の医療を受けられる仕組みと、名医の技を次の世代に受け継ぐ仕組み。この2つを両立させる病院を、いつか本当につくってみたい。そんなことも考えています。
※本稿は、和田秀樹氏個人の経験と考えを紹介するものであり、特定の治療や服薬の中止・変更を勧めるものではありません。治療方針については、主治医などの医療専門職にご相談ください。
久しぶりに熱量を感じるインタビューでした。
ただただインタビューを受けるだけでなく、私の長年の夢である患者さんの目から見た医療の情報サイトや、名医ばかりを集めた病院を作るというのも、杉山さんがいれば実現可能かもしれない、と感じさせていただきました。
そういう意味で、自分も希望を与えられたので、今後の活躍に期待いたします。
あと、インタビューの中では明言しなかったことですが、「私の哲学」ということで言えば、一番のメインテーマは「生き延びる」ことです。人生は長いのですから、今の成功や地位にこだわっていても、その後生き残らないと意味がありません。
私の場合、『80歳の壁』までは大ベストセラーはありませんでしたが、時々中ベストセラーを出すことでずっと文筆業を続けてこられました、『80歳の壁』以降も毎年40~60冊の本を出しています。ただ、歳をとってくるとそれが続けられるためには元気さを維持していかないといけないということを悟りました。
ところが今の医学では病気は治してくれたり、検査データを正常にしてくれたりはしても人を元気にしてくれません。そのために通常の医学とは違う、情報を集めないといけないことを痛感しています。
これは私に限らず、中高年以降のすべての人に言えることだと思います。
医者のいいなりにならない、いい医者を選ぶということがサバイバルの一番のポイントと言えるでしょう。逆に医者のいいなりになり、ブランドだけで医者を選ぶ人は情弱(情報弱者)と言われても仕方ありません。
アメリカでは、お金が高い病院ほどいい医者がいるわけですが、日本は全部保険診療なので情報を持っているほうがいい医療に当たれるのです。どんなに金持ちでも情報がなく、ブランドイメージで大学病院に行けば、論文数は多くても腕が悪い医者にあたります。
もちろん、その情報を医療の素人が集めるのは困難なので、私には腕のいい医者を集めた自費診療の病院を作る夢もあります。
いくらサバイバルがうまくいっても、いつかは死にます。そのときに名前を残すような事業をやりたい、人から感謝されることをしたいというもう一つの目標に向かって、今後も邁進したいと思っています。
精神科医 和田 秀樹
今回の取材では、和田秀樹先生の言葉だけでなく、その生き方そのものから、強いエネルギーを感じました。
先生は、ワインを楽しみ、ラーメンを食べ、好きなことを必要以上に我慢しません。それは健康を軽視しているのではなく、未来のために現在の人生を犠牲にしすぎないという、明確な選択なのだと思います。
人生には限りがあります。しかし、その事実を悲観的に受け止めるのではなく、今できることに挑戦する力へと変える。和田先生の死生観には、一般的な「人生は一度きり」という言葉とは異なる、医療の現場で老いや死を見つめてきた方ならではの深さがあります。
同時に、先生が大切にしているのは、ただ長く生きることではなく、元気に活動を続け、生き延びることです。
大きな成功を一度収めて終わるのではなく、書き続け、発信し続け、次の機会をつかみ続ける。そのためには、自分の体や医療についても、誰かにすべてを委ねるのではなく、自ら情報を持ち、判断していかなければなりません。
病院の知名度や医師の肩書きだけで医療を選ばず、自分にとって本当に必要な治療や医師を見極める。これは医療の問題であると同時に、自分の人生を自分で選ぶという、生き方の問題でもあります。
今回の取材を通じて、患者の視点に立った医療情報の発信や、本当に優れた医師が集まり、その技術を次世代へ受け継ぐ病院の必要性を、あらためて強く感じました。
インタビューは、これまでの人生を振り返るだけの場ではありません。人と人が出会い、それぞれの経験や構想が交わることで、新しい未来が動き始めることがあります。
長生きのために「今」を我慢しない。
今を楽しみながら元気に生き延び、挑戦を続け、最後には人から感謝される仕事を残す。和田先生の姿から、これからの人生をさらに動かしていく勇気をいただきました。
「どうせ死ぬんだから」を忘れずに1日1日を精一杯生きていこうと改めて思いました。
先生、今度はぜひ、ラーメンをご一緒しましょう。
2026年7月
和田秀樹こころと体のクリニックにて
取材・編集:杉山 大輔
プロジェクトマネジャー:安藤 千穂
文:柴田 恵理(『私の哲学』副編集長)
写真:ごとーひろな
制作:『私の哲学®』編集部
