インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第107回 阪井 健太郎 氏

「泳ぐ芸術品」とも「泳ぐ宝石」とも呼ばれる錦鯉。
その人気は日本国内だけでなく海外でも高まっています。オークションには外国人の愛好家も参加し、数千万円の価格で落札するケースも稀ではないと言います。そうした錦鯉の世界で、2億300万円という世界最高額に輝いた鯉を育てたのが阪井健太郎氏。手間も暇も惜しまないその飼育技術は業界で一目置かれる存在です。鯉に対する阪井氏の情熱と信念を語っていただきました。

Profile

107回 阪井 健太郎(さかい けんたろう)

株式会社阪井養魚場 代表取締役社長
1974年、広島県三原市生まれ。
20歳から2年間アメリカに留学、英会話学校に通いながら、鯉のディーラーで働く。
1996年、120年の歴史を誇るとともに、錦鯉業界でいち早く科学的養鯉方法を取り入れた阪井養魚場に入社。「全日本総合錦鯉品評会」において2024年まで通算13回の総合優勝に輝く。2017年と2019年に総合優勝した「Sレジェンド」は近年で最も美しい錦鯉と言われている。
趣味は料理。

外国人の参入で落札額は高騰

コロナ禍という状況で、3年ほど品評会はもちろん、うちの養魚場にお客さんを呼んでオークションすることもできなくなってしまい、2021年に初めてオンラインオークションを開催しました。「阪井養魚場」というブランドとお客さまからの信頼の積み重ねで、相場が上がって高値が付きましたね。

6年ほど前は全体総合優勝の鯉の相場は1,500万円くらいで、日本人が多く買っていましたが、最近は外国人がオークションに参入し、良い鯉を高値で落札するようになりました。うちの鯉「Sレジェンド」が2019年に外国人に2億300万円で落札されたり、2歳の鯉に3,000万円という値が付いたあたりから、ぐんぐん上がり出し、それまで買っていた人はついてこられなくなりました。しかし、その頃から買い始めた人は、それが普通という感覚です。先日のうちのオークションでは、2歳の鯉が6,000万円で競り落とされました。落とした方は4,000万円の予算だったそうですが、2億300万円の鯉を落札した外国人と競り合いになってヒートアップし、最後は面子(めんつ)で落札したそうです。

オンラインオークションの良いところは、金額を入れてから考える時間があることです。現場での生のオークションだと、あっという間に値段が上がっていくし、バイヤーから電話口で「今いくらです!」と言われると、考える間もなく入札してしまいがちです。

鯉の生産はチームワーク

錦鯉の人気が高まって需要が増加しているのに対して、供給は増えていないのが現状です。 鯉は、簡単に生産量を増やすことができません。仮に増やしたところで、確実に狙ったような鯉ができるわけではありません。今年いい鯉が生まれたから、来年もいい鯉が生まれるとは限らないのです。我々生産者にとって錦鯉の生産は、毎年まさに博打です。この雄と雌を掛け合わせてどんな稚魚が生まれるか、やってみないと分からない。それはもう「運」でしかない。1年、1年が勝負なので、仕込みと飼育に手を抜くことは絶対にできません。

錦鯉の生産は、まず卵を採るとこから始まります。その段階で、稚魚を入れる池に彼らが食べる餌、ミジンコを育てます。このミジンコの成長に合わせて、産卵をセットしなければいけません。稚魚池をきちんと管理できていないと成長が遅れてしまいますし、病気になることもあります。

常日頃、従業員には「我々は一つのチームだ」と言っています。例えば、三つ星レストランでも、料理長が一から全て料理するわけではなくて、下ごしらえはスタッフがしますよね。その下ごしらえで手を抜いていたら、良い料理はできない。鯉も同じで、品評会に向けた最後の仕上げは僕がしますが、従業員がそこまでの過程で手を抜いていたら、良い鯉はできないんです。

どこまでも突き詰める

僕が、錦鯉の生産において重要だと思うのは、小さなことをより深く掘り下げて、さらに突き詰めていくことです。 うちの餌の量の決め方は1匹1匹の体重を計り、例えば10kgの鯉が10匹いたとすると、総重量100kgに対する最大の給餌率は1%なので、0.5%までは0.1%単位で上げていきます。しかし、0.5%から先は0.55、0.6、0.65、0.7と、鯉の体調を見ながら0.05%ずつ量を増やしていきます。単純に増やしてしまうと、内臓が痛んでしまうことがあるんです。傷んだ鯉は別の池に移して、別メニューで調整させます。回復すれば、また餌を増やしてできる限り食べさせる。ここまで細かい餌やりをしているところは、うちしかありません。餌のやり方も、より良い方法を求めて毎年変えています。

ウェブで餌のつくり方を紹介しているので、「企業秘密を見せてしまっても良いのか」と心配してくれる方がいますが、見たらできるというものではありません。うちの練り餌は、材料を手でこねます。その練り加減は、担当スタッフの経験と勘からしか生まれない技術なので、真似できません。その人間の感覚は、機械には超えられないものです。池の水を「この水は悪いから交換しよう」とか、でき具合を見極めるのも僕の経験と感覚なんです。息子にバトンタッチするとき、この感覚があるかないかは、非常に難しいところです。

ただし、そこまでするからこそ実績が付いて品評会でも勝てるようになる。そして、ブランドとしても認知されます。去年のオンラインオークションでは、2歳の鯉としては最高価格の8,300万円が付きました。この鯉には自信があったので、入札開始価格は1,000万円を付けました。

求められるのは生産・飼育・経営の力

うちは明治の後半から真鯉の養殖を始め、僕で五代目になります。うちのじいさんの代から錦鯉の生産を始めたのですが、このじいさんがアル中でぜんぜん仕事をしない。親父は高校から帰ると仕事をしていたそうです。そうこうしているうちに、「白写り」という品種が当たり、その資金を元手に新潟に行き、ここで手に入れた2本の「紅白」が当たった。うちの親鯉です。ここからいわゆるヒット商品が出て、設備投資ができるようになった。これを繰り返してきたのが阪井養魚場です。 僕には妹が二人いますが、男は僕だけでしたから、跡を継がなければと思っていました。90年代後半、20歳のときに、将来を見据えてアメリカのシアトルに留学し、午前中は英会話の学校、午後からは鯉のディーラーのところで働きました。
六代目は僕の長男が継ぐ予定ですが、錦鯉とは違う世界を見て学んでもらいたいと思い、今、東京の有名寿司屋で修行させています。板前も厳しい世界ですし、そこでいろいろな経験をして、それを持ち帰って鯉の生産にいかしてほしいですね。 鯉の生産方法は、もう変えるところがありません。あとは、一つ一つをどんどん掘り下げていくことが重要です。寿司のシャリやネタの温度など、細かいところにまでこだわる精神を植え付けたいんです。 うちは鯉を生産するだけでなくお客さんの鯉を預かって飼育もしています。だから、生産と飼育、そして経営の3つができないと会社は回せません。いくらいい鯉をつくっても、それを上手に育てる飼育技術がなければ、鯉はタダ同然になってしまいます。

2億円以上の価値あるタイトル

僕は新しい飼育法を考えるなど、育てること一本でやっているので、鯉の飼育方法を見てもらって、価格が高い理由を一般の方にも分かってもらえるといいですね。鯉の価値は「希少であること」です。うちでは年間3,200万匹孵化させるんですが、最初の選別で97%は廃棄処分します。生後60日に2回目の選別をして、そこからまた3分の2ほどを処分、最後は約50万匹を僕一人で選別をします。そうやって残った中から最高峰の2歳に1,000万円を付けるわけです。

余談ですが、うちには鯉の供養塔があって、そこには2億300万円で落札された「Sレジェンド」が眠っています。実は、全日本錦鯉振興会の50周年記念の品評会(2019年)の前に、内臓に細菌がわいてしまい、出品できないかなというくらいの状態だったんです。注射器で腹の膿を出して、品評会に出しました。審査があった金曜日は泳いでいて総合優勝したんですが、日曜日には力尽きて死んでしまいました。2億円で売れたからすごいと思われるかもしれませんが、1年の保証期間内に死んでしまったので、利益はゼロです。本当は頭金の1億円を返金しないといけなかったんですが、1億円相当の鯉を差し上げてチャラにしてもらいました。でも悔いはないですね。タイトルを取ったのですから、2億円以上の価値があります。歴史に「阪井養魚場」の名前を刻めただけで十分です。 これからしたいこと。それは毎年、日本一をとり続けること、常に結果を出し続けること、これしかありません。それに、うちが輩出した2億300万円という史上最高値を超える鯉を作ることです。

阪井家は伝統を重んじつつも革新を追求し、120年にわたり錦鯉業界を牽引してきました。全日本総合錦鯉品評会での11回の総合優勝は、祖先の献身と愛鯉家の絶え間ない支援の賜物です。最近では第54回全日本総合錦鯉品評会で総合優勝を果たし、この栄誉を皆様と分かち合いたいと思います。これからも挑戦を続け、錦鯉業界のさらなる進歩に貢献して参ります。変わらぬご支援を心よりお願い申し上げます。

株式会社阪井養魚場 代表取締役社長 阪井健太郎


阪井健太郎社長、第54回全日本総合錦鯉品評会での総合優勝、誠におめでとうございます。インタビューを通じて、阪井養魚場が錦鯉へ注いできた情熱と日々の厳しい努力が、この栄誉をもたらしたことが明らかです。 オンラインオークションへの挑戦や、徹底した品質管理、チームワークの重視など、革新的な取り組みが成功を支えています。これらの成果は、阪井養魚場の技術と努力が高く評価される証拠であり、国内外からの注目を集めています。阪井氏とそのチームのさらなる進歩と、錦鯉業界での新たな成果を心より期待しております。阪井養魚場がこれからも多くの人々に喜びをもたらし、業界の発展に貢献していくことを確信しています。

『私の哲学』編集長 杉山大輔

 

第54回 全日本総合錦鯉品評会 2024 NISHIKIGOI of the WORLD
大会総合優勝 The Grand Champion

第95部 紅白
Alexander Romashchenko ロシア

取扱者 成田養魚園株式会社
作出者 株式会社阪井養魚場
取次者 有限会社 中森貿易商会

撮影場所:株式会社阪井養魚場 編集:杉山大輔 撮影:宮澤正明 ライター:楠田尚美