第100回 行徳 哲男 氏 | インタビュー・対談シリーズ「私の哲学」
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第100回 行徳 哲男 氏

数多くの政治家、経営者やトップアスリート、若者に圧倒的な影響を与えている行徳哲男師。師が発する言葉には、一つひとつ魂が込められている。記念となる第100回は、行徳哲男師の熱いメッセージをお届けしよう。

Profile

第100回 行徳 哲男 (90)(ぎょうとく てつお)

日本BE研究所 所長
昭和8年、福岡県生まれ。成蹊大学卒業。昭和46年、日本BE研究所を設立し、米国の行動科学と感受性訓練を東洋の禅と融合した哲学的訓練を創始。“感性=紛れもない私”を取り戻す研修「BE 研修 Basic Encounter Training」を行う。瞬時にして人の心に楔を打ち込み、理性の殻を打ち破りながら、本来人間が持つ実相に気づかせる姿はまさに芸術である。これまで50年に及ぶ研修には、計550回、18,000人以上が山中でのBE訓練に参加した。「咸宜塾BE 研修(かんぎじゅく)」として現在も活動を続ける。彼の話には、聞く者の魂を揺さぶる強烈な力があり、中小企業のオーナー、政財界を始め、スポーツ界、芸能界等に多大な影響を与えている。
著書に『いま、感性は力』『随所に主となる』『遺伝子は語る』『感奮語録』(いずれも到知出版社)がある。

哲学は「生き学」である

哲学に対して、現代日本人のほとんどは難解なイメージを持っている。結果、この国には哲学が浸透しない。それはなぜか?それは学者が哲学を学問にしてしまったからだ。それ故、日本は哲学不毛の国とも言えるだろう。

概念や解釈ばかりしていて、哲学が死に学になってしまっているのだ。哲学を生き学にするには「学問として学ぶ」のではなく「哲学することを学ぶ」べきである。哲学は学問でやってはいけない。あくまで実践するのだ。

デンマークの思想家セーレン・キェルケゴールは「瞬間」と書いたビラを持って日曜日の教会に赴いた。そのビラには「あなたたちは月曜から土曜まで、何となく生きてこなかったか?半端な生き方じゃなかったか?」という意味が込められている。

日本の武士道においても、一番嫌われることは「だらだら生きること」なのだ。朝起きて何となく朝食を食べて、何となく仕事して家に帰って、何となく家族と語らって床に入る。何となく生きること自体は犯罪ではない。しかし明らかなる罪だ。
なぜなら、生きられるのはたった一度しかない。生まれてきたこと自体が奇跡の中の奇跡なのに、毎日をぼんやり生きるなんてありえないことなのだ。

野鴨であれ

「野生の鴨」という哲学がある。
デンマークのジーランドにある美しい湖に、毎年野生の鴨が飛来していた。渡り鳥の鴨は、そこで一つ季節を過ごすと、次の湖へ飛び立って行く。近くに住む気の良い老人が、長い距離を飛んで来るのは大変だろうと餌を用意した。老人がいつも美味しい餌をくれるので、いつしか鴨は季節が変わっても飛び立たなくなり、ジーランドに住み着いてしまった。
やがて老人が亡くなり、鴨は餌を求めて次の湖に飛び立とうとする。ところが、飛ぶ力が全くなくなっていた。そして、醜く太ってしまったかつての野生の鴨たちは、山から流れてきた雪解け水の激流に、なすすべもなく押し流されてしまったのだ。

アメリカの企業家、トーマス・ワトソンは、この野生の鴨の話に衝撃を受け、「野鴨であれ」という言葉を社員たちに贈った。後に社員は3,900人になり、彼の息子は『3,900羽の野鴨たち』という本にした。野鴨たちはさらに羽ばたいて、今や世界最強の会社となった。それがIBMだ。Appleを創ったスティーブ・ジョブズもこの本の愛読者の一人とか。

美味しい餌と美しい景色の中で飼い慣らされ野性を失った鴨は、人間で言うと「気」を喪失している。「気」は命の源。日本人は敗戦後の瓦礫の中から頑張って豊かになったが、今はその豊かさをむさぼり平和ボケし「気」が萎えてしまっている。
これに対する警告が野生の鴨の哲学であり、その教えは「今」と「ここ」を生きることの大切さを教えている。「今」と「ここ」を粗末にした人間に未来はない。
スティーブ・ジョブズが言ったように、Stay hungry, Stay foolishでなければならないのだ。「これでいいじゃないか」「今なんとかなっているじゃないか」「いまさら」と思うことこそ悪の芽生えなんだ。

平和に安住せず、
命と向き合え

日本人は今、日本人であることを忘れている。豊かさ、平和の中で安住安楽をむさぼり、命と向き合おうとしない太った鴨になってしまった。我々日本人は今、悪魔の寝床で寝ているようなものだ。

鹿児島県にある「知覧特攻平和館」には、約1,300名の若者が残した遺筆が保管されている。

その中に「母さん、先に旅立つ不幸を許してください。明日、特攻隊員としての命令を受けました。あと1日の命です。残す1日を目の前にして、この17年間何のために生きてきたかその訳が分かってきました。
かわいい妹や弟、生まれてくる子ども、そして日本の永遠のために命を捧げます。父さん、母さん、17年間本当にありがとうございました。天国で待っています」という手紙がある。

今は平和が当たり前で、大事なものを失いかけている。豊かさをむさぼって、命と向き合おうとせず、存在が希薄になっている。キェルケゴールが残した教えは「実存」紛れもない「私」を生きるという存在の哲学だ。 紛れもなく自分自身を生きている人間は、人が人であることを大事にし、他人を傷つけることはない。しかし、自分を生き切ってない人間は、絶対に他人を大事にできない。本当の思いやりや慈しみは、あなたがあなたで生きていることを大事にしたいという思いから、自然と出てくる優しさなのだ。

感性の哲学を生きるアーティスト…長渕剛さんは、常に命と向き合おうとしているひとりである。2015年夏、世界で最も多くの観客を集めた10万人ライブを終えた彼はエネルギーを使い果たし、2日間昏睡状態に陥った。それほど、死ぬ気でライブを観客に届けているのだ。その彼が、先日私の日本BE研究所での例会【命日】に、一通の手紙を手渡してくれた。

その手紙は、当日の朝3時にできあがったばかり。毛筆で2メートル近くの巻紙に書かれたものがこれだ!

【全文】

行徳哲男様
つい先日、先生は私のステージにわざわざ足を運んでくれた。
杖をつき二時間半ものステージを観客席から見つめてくれた。
こぶしを突き上げる観客にまざって先生は何を見つめていたのだろう。

先生は満面の笑みを浮かべステージを終えた抜け殻の私の右手を
強く実に強くに握って、大きく何回もうなずいた。

私はなぜか涙をこらえた。恐縮と涙でいっぱいになった。
幸せな瞬間だった。

死ぬ気でステージに立つ私のことをずうっと知ってくれるように思えた。
「・・・うん・・俺には・・わかっているさ・・わかっているよ・・・」と

人間はどのように死すべきか!
誰のために死ぬのか!
なんのために死ぬのか!

生死をかけて自身を探求し、やがて朽ち果てる日本国であろうとも
この国を牽引すべく人間たちを育て上げた行徳先生。
父性と母性の両輪で優しく厳しく人を愛し貫いた人物がかもし出す親しみ深い笑顔。
私は、日本の父であり、日本の母であり続けようとした行徳先生!
あなたがたまらなく愛おしい。
生死の闘争に幕を閉じ、安らかな眠りにつかれる時、
私は先生の生き様に、深いあこがれを抱くことになるだろう。

人は誰かのために生き、人は誰かのために死んでいく。

「自分という生き物は生臭いものだ。
しかしかまわんのだ!
生臭いから人間なんだ!
女性を大事にしたまま闘え!
なぜなら女性はみな母であるからだ。
母は大地だ。
大地に根をはり、土を耕して生きろ。
男は労働をし、国を守れ!」

行徳先生のこれまでの生命が
そう叫び続けていることを私は知っている。

ありがとう先生。
・・ゆっくりやすんでください。

もう、叱ってくれる人は
誰もいなくなった。

2022年11月11日  命日

長渕 剛

彼は、鮮やかに日本人本来の美学を生き切っている。
アインシュタインの望む世界は、そんな日本人にあてた予言だ!

今から100年も前に日本を訪れたアインシュタインが残した言葉である。日本人よ、誇りと自信を持とうではないか。

大輔君は、日本と海外を動き回っていて血気盛んだ。それは一つの武士道であることは確かで大輔君の良いところだ。ただ、どうも深みがないぞ。いろいろな人と会って広さを求めているようだけれど、大事なのは深さだ。もっと自分を深掘りしなきゃ。大輔君の中にある凄まじい潜在エネルギーに気づいていない。
それから、音を立て過ぎている。深いところを流れている川は音を立てない。これから先、是非とも心してほしい世界だ。実践のない哲学は、ただ単なる観念で、哲学者達の自己満足でしかない。大輔君、哲学人でなきゃ。哲学する人間になりなさい。

日本BE研究所 所長
 行徳 哲男


『私の哲学』は2007 年、株式会社ILI の起業と同時にスタートした、僕が会いたいと思った人に会って話を聞く、わがまま企画です。当時27歳だった僕は、素晴らしい活躍をしている人たちに会っていろいろと勉強をして、自分自身も会社も成長したいと考え、100 名をゴールに取材を始めました。第1回を公開してから15 年目、43 歳でついに第100 回を迎えることができました。この15 年で世の中はだいぶ変わりましたが、振り返ってみると『私の哲学』はどれもプライスレスな出会いばかりです。中には、お亡くなりになった方もいらっしゃいますが、「100回を目指して活動していきます」と皆様に話してきたことを有言実行できて本当に良かったと思っています。
記念すべき第100回に、哲学者の行徳哲男先生を取材する機会に恵まれました。行徳先生からは、今後の人生に対するアドバイスを力強く迫力のあるお声でいただきました。

「深沈厚重」

どっしりとして重みがあり、落ち着いていて動じないこと。寛容でいてかつ、威容も持ち合わせている様。くだらないことには心を動かされない、確固とした己の信念を持ち合わせている姿を示す。
『私の哲学』は、これから1,000回を目指して続けていきます。「深沈厚重」を胸に、世界のさまざまな人たちに会います。
この場を借りて、これまでご出演いただいた方々に心より感謝申し上げます。皆様のお話、アドバイスが僕の血となり肉となり、ここまで成長することができました。本当にありがとうございます。

『私の哲学』編集長 DKスギヤマ


取材協力

「ホテルの中にある高級料亭」をイメージした懐石<蒼樹庵>
「琳派」の装飾美をテーマに、個室や内装、装飾にこだわった特別な和の空間です。
季節を取り入れた和のお食事やおもてなしで、お祝い事やご接待など特別な日の会食にぜひご利用ください。

2022年12月
 取材協力:京王プラザホテル(新宿)懐石<蒼樹庵>
編集:DKスギヤマ
 監修:松成和美 撮影:宮澤正明