インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第36回 三浦 雄一郎 氏

世界最高峰のエベレスト登頂に、世界最高齢となる80歳224日で成功した、三浦雄一郎氏。82歳になってもなおアグレッシブな氏が目指す、今後のチャレンジ目標などについて伺いました。

Profile

36回 三浦 雄一郎(みうら ゆういちろう)

プロスキーヤー | クラーク記念国際高等学校校長
1932年青森県生まれ。北海道大学獣医学部卒業。1964年イタリア・キロメーターランセに日本人として初めて参加、時速172.084キロの当時の世界新記録樹立。1966年富士山直滑降。1970年エベレスト・サウスコル8,000m世界最高地点スキー滑降(ギネス認定)を成し遂げ、その記録映画 [THE MAN WHO SKIED DOWN EVEREST] はアカデミー賞を受賞。1985年、世界七大陸最高峰のスキー滑降を完全達成。2008 年に75歳で2度目、2013年80歳にて3度目のエベレスト登頂〔世界最高年齢登頂記録更新〕を果たす。プロスキーヤー・冒険家としてだけでなく、全国で1万人以上が在籍する広域通信制高校、クラーク記念国際高等学校の校長としても活躍している。
『歩けば歩くほど人は若返る』(小学館刊)、『75歳のエベレスト』(日本経済新聞出版社刊)、『人生はいつも「今から」』(KKロングセラーズ刊)など、著書多数。
※肩書などは、インタビュー実施当時(2015年5月)のものです。

好きなことにイマジネーションを働かせる

65歳のとき、それまでの暴飲暴食がたたり、医師から余命3年と宣言されました。そこで、どうせ3年で死ぬんだったら、登れるかどうかわからないけれども、死んだ気になってトレーニングして、もう一度エベレストにチャレンジしてみようと思いました。そして、頂上に立つことができた。一つの目標を達成すると、新たなチャレンジの道が拓けます。次は75歳、今度は80歳と5年ごとにチャレンジしてきました。エベレストに登ると疲れ果ててしまいますから、帰国後1年くらいはのんびりと過ごします。でも帰ってくると、講演会などで結構忙しいんです。ほとんど休む暇がないくらい全国を飛び回ります。それは非常に有り難いことなんですけど、不整脈がある心臓に負担がかかりますから、チャレンジの間隔は5年がちょうどいいんです。前半の2年はゆっくりとリカバリーして、あとの3年くらいをかけてトレーニングします。トレーニングはあきらめずに続けることが大切ですが、やはり切羽詰まってくると頑張りますね。

最近は、目標が持てないという人がいるようですが、生きる目標などと難しく考えないで、面白いと思ったことを夢中になってやったらいいと思います。例えばゲームが好きなら、自分で新しいゲームやシステムを考えてみたらいいでしょう。日本の教育は教科書に沿って先生から習うだけで、自分で考えたり、イマジネーションを働かせたりするようなクリエイティブなことはないですね。一番大事なのは、好きなことにイマジネーションを働かせることです。僕は、大学に残って教授になろうと思ったこともありました。でも、目指していたスキーでの日本一になれなかった。じゃあ今度は世界一を目指そう。それがだめだったら、世界で誰もやったことのないことをやってみよう。そうやって、富士山直滑降やエベレスト大滑降にチャレンジしてきました。どんな分野にだって、人のやっていないことは無数にあります。そこにイマジネーションを働かせれば、自分の目標が見えてくるんじゃないでしょうか。

最新医学を取り入れてトレーニング

30代の頃は発想力と行動力があって、日本のスポーツ界とは結構ぶつかりました。それでクビになったこともありましたけれど。30代は一番燃えている年代です。その30代にやったことが、次の40代にいきてくる。40代でやったことが50代と順繰りになっているんです。そうやって年を重ねていくと、だんだんとあらゆるものに対するエネルギーが湧いてきます。しかし、70歳、80歳になってくるとどうしても気力が落ちてしまいます。

80歳でのエベレストチャレンジの前、76歳のとき、スキー場で転倒して骨盤と大腿骨の付け根を骨折しました。2ヶ月後には退院しましたが、なかなかトレーニングをする気力が湧きませんでした。不整脈もひどくなり、ひどいときは気を失って病院に担ぎ込まれて、電気ショックを与えられたこともあります。出発は3月でしたが、最後の心臓の手術をしたのは1月15日。そこから準備に2ヶ月しかなくて、リハビリの失敗はできません。周囲からは、「絶対に登れるわけがない」と言われていました。ちょうどその1年ほど前から、定期的にテストステロンという男性ホルモンの注射を打っていました。これが心臓の病気のいい治療法なんです。しかも、心臓の不具合を改善するだけでなく、男性ホルモンなのでやる気が出てくるんですよ。高校生のように朝立ちして嬉しくなります。造血作用もあって、血液をどんどん増やしてくれます。山では空気が薄くなりますから、血液が増えないと身体の能力も落ちていきます。年齢的に運動だけで体力を向上させることは無理ということもあって男性ホルモン注射治療を取り入れましたが、それまでの12年間の中で、瞬発力や筋力が最高の数値を記録しました。中高年の活力向上、アンチエイジングにこうしたものを取り入れるのも一つの方法だと思います。

エベレストが自分のお墓

当面のターゲットは120歳です。100歳を目標にしていたら、100歳になったときにそれで満足してしまいます。100歳まで生きなくてもいいけれど、100歳になっても好きなことができていること。今100歳の人たちの2/3以上はほとんど寝たきりで、介護が必要な状態です。長生きして、面白いことができる。そういう状態ならいつまで生きたっていいわけです。やはり何かしら目標を持って、気持ちも攻めることです。

今、2018年に85歳で中国のチョーオユーという世界で6番目に高い8,201メートルに登って、山頂でスキーをするという計画を立てています。その次は生きていたら、90歳でもう一回エベレストに登ります。地球上これ以上高いところはありません。宇宙との接点のようなところへ、自分の生命力を使ってどこまで行けるかチャレンジします。生理学的な計算によると、エベレストの山頂に立つと、20歳の登山家の肉体年齢は90歳になるそうです。単純計算でいうと、90歳で登ると160歳になりますね。現存の人類でそんなに生きている人はいないけれど、150歳、160歳まで生きられる可能性はあるということです。

いつも、これができたら死んでもいいと思って、命がけでやっています。エベレスト登頂だけでなく、スピードレースや南極、北極でのスキー滑降もすべて、一つ失敗すれば死ぬかもしれないというリスクを承知の上でやっているわけです。それが嫌だったらやる必要はないし、やはり世界一を目指すなら命を惜しんじゃいかん。エベレストで死んだらそこが自分の墓。世界でこれ以上いいお墓はないと思っています。

楽しい対談でした。杉山大輔さんの溢れるばかりの活力と大胆で新鮮な発想力、そして行動力。日本にこうした世界のリーダーになりうる若者がいるのは嬉しいかぎりです。私自身も、年を重ねても命懸けで世界にチャレンジし続けております。大輔さんのますますの活躍ぶりを期待して、また新たなページと扉を開けていってください。

プロスキーヤー クラーク記念国際高等学校校長 三浦 雄一郎

 

三浦雄一郎さんと僕は誕生日が一緒で、お目にかかる前から親近感を感じていました。写真などで拝見していたよりもすごい体格だなと思い、記念撮影の際に、「僕のことおんぶできるでしょうか?」と言ってみたら、「どうかな?(笑)やってみようか」とあっさり快諾くださり、軽々とおんぶしていただきました。筋肉は柔らかく、体幹がしっかりされていて姿勢が素晴らしい。鍛えている50代のような肉体でした。 三浦さんの攻める生き方、本当にカッコイイと思います。やはり生きていく上での意識の持ち方は、すべて自分に返ってきますね。目標を設定してそれに向かって行動すること。改めて“行動する勇気”の大切さを実感しました。

『私の哲学』編集長 杉山大輔

2015年5月 株式会社ミウラ・ドルフィンズ 東京オフィスにて  編集:楠田尚美  撮影:鮎澤大輝