正しい姿勢で歩くことで腸の働きをよくするとともに、猫背やO脚、ぽっこりお腹を改善する「骨盤腸整ウォーキング」。これを考案したのが、山﨑美歩呼氏だ。
17年間専業主婦を務めた後、自身の体型の悩みを機に、50歳でこのメソッドにたどり着いた。以来、福岡、東京、下関にスクールを開校。近年は、オンラインで全国、そして海外にもメソッドを発信し、年間延べ18,000人にウォーキング指導を行う。
専業主婦からの起業、赤字続きの創業期、コロナ禍の危機……それでも歩みを止めなかった原動力と哲学を語ってもらった。
Profile
第130回 山﨑 美歩呼 (やまさき みほこ)
骨盤腸整ウォーキング考案者
1965年山口県下関生まれ。父の転勤で関西、下関、広島と移り住み、20歳のとき福岡へ。福岡銀行に9年半勤務したのち、結婚を機に退職し、17年間専業主婦として過ごす。46歳でスポーツインストラクター養成校に入学し、ウォーキング講師や骨盤・小顔矯正のセラピストとして活動しながら、理学療法の観点から身体の動きを研究。2015年、50歳のときに骨盤と腸の関係に着目した独自のウォーキングプログラム「骨盤腸整ウォーキング」を考案し、一般社団法人日本姿勢改善ウォーキング協会代表理事に。2022年に骨盤腸整ウォーキング株式会社を設立。
オンラインを主軸に、ウォーキングレッスンおよびインストラクター養成を行っている。
有名企業や大学、行政主催のイベントも多数開催し、「FMコミてん」でのラジオパーソナリティやテレビ出演、全国各地での講話も行う。
著書に『ながら運動で今度こそやせる!10歳若返る骨盤腸整ウォーキング』(世界文化社)。
1日1万歩、歩かなくていい

「1日1万歩を目標に頑張っています」という方は多いのではないでしょうか。
けれど、実はやみくもに歩く必要はない、と私は思っています。
なぜなら、正しい筋肉を使えば、少ない歩数でも身体は劇的に変わるからです。
世の中を見てみると、残念ながらキレイに歩けている人はほとんどいません。
身体には全部で600の筋肉があるのに、それらをきちんと使わず、ただ「おもり」として持ち歩いているのは、本当にもったいないですよね。
筋肉の中でも、特に身体の後ろ側にある筋肉が重要です。
首の裏、肩甲骨、背中、お尻、裏もも、ふくらはぎなど、身体の後ろ側をしっかり使っている人はまずいません。ここが緩んでいると、重力に負けて身体は前に丸まり、猫背やO脚になっていきます。「お腹が出てきたから」と腹筋を鍛えようとする方もいますが、その前に後ろ側の筋肉を目覚めさせ、姿勢を起こすことが先決です。
姿勢が変わると、内臓の位置が引き上がって、これらの症状は改善されるだけでなく、骨格が整うことでシュッと小顔になっていくのです。それとともに表情まで変わり、皆さん、どんどん自信をつけていきいきとし、若返ります。
私がこの「後ろ側の筋肉と姿勢の関係」に最初に気づいたのは、私自身の「体型の崩れ」がきっかけでした。
完璧な専業主婦から一転
「趣味はダイエット、特技はリバウンド」

私は20歳の時、父の転勤に合わせて福岡に引っ越し、短大卒業後、地元の銀行に入行しました。
当時はセクハラ、パワハラが当たり前で、ノルマも厳しく、正直1年で辞めたいと思っていました。
ところが、それを親に相談しようと思っていた矢先のことです。父が健康診断で突然末期ガンを宣告されたのです。「ダイエットで体重が落ちた!」と喜んでいたと思ったら……。父は当時53歳でしたが、1年ももたずに亡くなりました。私も兄もショックでしたが、なにより母が一番落ち込んでいました。そんな時に、「銀行を辞めたい」などとは、とても言い出すことはできませんでした。そんなことをしたら、きっと母が倒れてしまう。そう思って、辞めるのは断念しました。
その後、異動などで人も入れ替わり、状況も変わってくると、仕事が少し楽しくなってきて、結局9年半勤めることに。社内結婚を機に退職しました。当時は結婚したら辞めるのが当たり前の時代だったので、「専業主婦」になろうと決めました。
そこから17年間、「家のことは夫に一つもさせない」と決めて、掃除はもちろん家事全般、電球の交換からゴミ出しまで、すべてやっていました。
「このまま専業主婦を続けていくのだろうな」と思っていた時、困ったことが起こりました。毎日のように友達とランチに行ったり、料理を持ち寄ったりしたりしていたら、なんと「成長期」に入ってしまって。横に大きくなってしまったんです。
なんとかやせようと、りんごダイエット、納豆ダイエット、キャベツダイエット、ビリーズブートキャンプ……あの手この手を試してみるも、ことごとく失敗。まさに、「趣味はダイエット、特技はリバウンド」でした。
そのうち、「私なんて、どうせおばさんだし」とどんどんネガティブに陥ってしまって。
「さすがにこれなら絶対やせるはず」と自信満々で始めたのがフットサルでした。ところが……、イメージと実際が違いすぎました。頭ではボールに追いついているつもりなのに、追いつけなくて、ボールに乗っかってひっくり返ったり、肉離れや捻挫を繰り返したり。「このままでは痩せるどころか、歩けなくなってしまう」と危機感を覚えたほどです。
健康的に美しくなる「骨盤腸整ウォーキング」の誕生
そんなある日、ポストにスポーツインストラクター養成校のチラシが入っていたのです。運動生理学や解剖学の中に「ウォーキング」の項目があるのを見て、「ここに行けば正しい歩き方を学べるんだ!」と思って。当時やっていた事務のアルバイトをすぐに辞め、試験を受けて養成校に入学したのが46歳の時でした。
養成校でウォーキングの授業を受け始めたら、もう楽しくて楽しくて。それで、卒業後は教えを受けた先生に付いて活動することにしたのです。ですが、その先生が教えていたのはミス・ユニバースのような「モデルウォーク」だったんですね。でも、私が本当にやりたかったのは、それではなかった。「自分の身体と心が整って、内側から自信が湧いてくる歩き方 」でした。途中で方向性の違いに気づいて、独立を決意しました。
その後、出会った骨盤矯正の先生(理学療法士)のもとで身体の仕組みを深く知った時、
「この骨盤矯正の技術と、私がやってきたウォーキングを組み合わせたらいいのでは?」
とひらめいたのです。
こうして、50歳の時に生まれたのが、「骨盤腸整ウォーキング」です。
ここでは、「こういうふうに歩く」ではなく、「こういうふうに歩くためには、この筋肉を使う」という考えです。身体の筋肉はすべて連動しているので、足首、お尻……といろいろなパーツを使いながら、チームで「団体戦」ができる身体をつくっていく。そのために、体を8つのブロックに分けて、レッスンを組み立てました。
大盛況! から一転……赤字、そして借金

独立したはいいものの、最初はどうやって集客していいかわかりませんでした。そこで、数歩しか歩けないような、小さな喫茶店の一角を借り、1〜2人を相手に細々とスタートしました。そのうち、口コミで徐々に生徒さんが増え、福岡でレンタルスタジオを借りるようになり、インストラクターの育成も始めました。
ある時、尊敬する方から県外の高額セミナーに誘われました。当時は、子どもが小さかったので預けなければいけないし、専業主婦あがりだからお金もない。正直、一度は諦めかけました。でも、「お金と時間を理由に諦めていたら、一生何もできない人生を送ることになる」と思い直し、覚悟を決めて「行きます!」と答えました。
そうしたら、セミナー主催者の方が、私のウォーキングへの熱意に共感してくれて、健康雑誌の関係者につないでくださったのです。すぐに企画を提案したら採用され、いきなりカラー12ページで大特集されることになりました。
「奇跡が起きた!」と思って私は、その勢いで東京・西新宿にレンタルスタジオを借り、東京進出を果たしました。
はじめのうちは、雑誌の効果で大盛況でした。けれど、それも一時的で、徐々に生徒さんが減っていき、毎レッスン大赤字という状態が続くように。けれど、通ってくれている2〜3人の生徒さんのために、「この人たちがいる限りは続けよう!」と決意しました。
道に迷った生徒さんを探しに、雪が降る西新宿を半袖のレッスン着で走り回ったり、誰も来ないスタジオでじーっと待ったりするような悲しい経験もたくさんしました。
その後、思わぬ転機が訪れました。
ある生徒さんのご紹介で女性誌のウェブ版に連載を持たせていただく機会に恵まれると、状況が一変。体験会は即満席、キャンセル待ちが240件も出るほどの人気になったのです。
福岡も東京も順調に伸び、「よし、これからだ!」とスタジオを構えたのが、2020年4月でした。
なんと、新型コロナウイルスの緊急事態宣言発令と重なってしまって……スタジオは即、閉鎖。生徒さんを呼ぶことができません。私たちだけマスクをして、こそこそと仕事をするような状態でした。高い家賃やリフォーム代の返済で、毎月、預金口座からはお金が引き落とされていくばかり。結局、コロナ融資を利用し、3000万円近い借金を背負うことになりました。
「できる方法」を考えるしかない

手をこまねいているだけでは、借金を返せません。「できる方法を考えるしかない」とオンラインレッスンに踏み切りました。これまでは、「オンラインなんかでレッスンができるわけがない。絶対無理」と思い込んでいたのですが、腹をくくりました。
「どうせやるならリアルよりも結果を出そう」と心に決め、1年かけてプログラムを作り直し、オンラインの仕組みを完成させました。
最初は全然ダメでした。お客様からは「オンラインでできる気がしない」と何度も断られました。でも、諦めずに、朝から晩まで声が出なくなるまでセールスし、かつての生徒さんたちにも声をかけました。
3カ月レッスン受け放題にし、テキストを配布、動画を撮ってフォームを確認するなど、手厚いフォロー体制を整えました。
今では、日本全国のみならず、海外からも受講していただき、インストラクターも260名を超えました。
コロナがなければ、私は福岡と東京を行き来して疲れ果てるばかりで、ここまでは広がらなかったと思います。
歩くことは生きること

借金を背負い、辛い状況が続きましたが、それでも続けることができたのは、私にとって「歩くことは、生きること」だからです。
お金も時間もない時も、赤字続きの時も、コロナ禍で借金が膨らんだ時も、「このウォーキングは、一生、絶対に伝えるんだ」という気持ちだけはブレませんでした。
私が教えているのは、単なるウォーキングの技術ではなく、「自分への自信」です。人の身体は、諦めずに向き合えばちゃんと応えてくれる。それは私自身の人生そのものでもあると感じています。
学校では、お箸の持ち方は教わっても、歩き方は誰も教えてくれませんよね。
身体の仕組みと心の仕組みは直結しています。 歩き方が変われば、姿勢が変わり、身体が変わり、最終的には心のあり方や人生への自信へと変わっていく。
猫背になって「私を見ないで」と下を向いて歩くのではなく、身体の仕組みを整え、胸を張って「私を見て!」と堂々と前を向いて歩いてほしいです。
「もう歳だから」「運動が苦手だから」と諦める必要はまったくありません。筋肉を目覚めさせてあげれば、何歳からでも身体は変わるし、若々しくいられます。
二足歩行で歩く人がいる限り、私は世界へ届けていきます。 自分の足でしっかり地面を踏みしめて、一生元気に歩き続ける。その自信を、これからもたくさんの人に手渡していきたいです。
今回、『私の哲学』への掲載は、第57回にご登場した二枝たかはるさんからのご推薦がきっかけでした。
まず驚いたのは、大輔さんのただ者ではない明るいエネルギー! 次から次へと出てくる質問やアイデアに、「なんて頭の回転が速い方なのだろう」と圧倒されました。
私がウォーキングを伝えたいと思った一番の理由は、歩き方を変えたことで、私自身の心とカラダが大きく変わったことです。
そしてもう一つ、早くに亡くなった父の存在があります。
父が入院していた頃、まだ歩けるうちは「退院したらあれを食べたい」「あそこに行きたい」と願望を口にしていました。しかし、筋力が落ちて歩けなくなった途端、それらを一切口にしなくなり、最後の願いは「自分の足で歩きたい」に変わりました。
その姿を見て、私は「歩くことは、生きることなんだ」と強く感じました。
次々とやってくる苦難を乗り越えてこられたのも、「死ぬその日まで自分の足で歩ける人を増やしたい」という思いが根底にあったからです。
そして、もう一つ大切にしている言葉が、「続けることより、やめないこと」。
「続けなければ」と頑張りすぎると、続かない自分を責めてしまう。
3日坊主、上等! やめさえしなければ、道は必ず開ける。そう信じて焦らず地道に歩んできたことが、今につながっています。
できない理由を探すのではなく、常に「どうやったらできるのか」と考える。不可能と思い込んでいる中にこそ、新たな可能性があることも、苦難に直面したからこそ気づけました。
これからもこの信念を胸に、骨盤腸整ウォーキングを一人でも多くの方にお伝えしてまいります。
骨盤腸整ウォーキング考案者 山﨑 美歩呼
山﨑さんのお話を伺い、改めて感じたのは、「人生は、条件が整ってから動き出すものではない」ということです。17年間の専業主婦生活を経て、46歳で学び直し、50歳で独自のメソッドを生み出す。自分の悩みを、誰かの役に立つ価値へと変えていったその行動力に、深く共感しました。
赤字が続いても、目の前の生徒さんを大切にする。コロナ禍で教室が閉ざされれば、「絶対無理」と思っていたオンラインに挑む。守るべきはやり方ではなく、「何のためにやるのか」という軸なのです。
「続けることより、やめないこと」。この言葉には、人を前に進ませる優しさがあります。立ち止まっても、また一歩踏み出せばいい。山﨑さんが届けているのは、歩き方とともに、自分の可能性を諦めない勇気なのだと思います。何歳であっても、今いる場所から始められる。人生を変える一歩は、いつだって今日から踏み出せます。取材後は教えていただいたポイントを意識して歩くようになりました。考えてみれば「正しい歩き方」を教わったことがなかったので、この分野に対してもリサーチしていきたいと思いました。福岡から世界へ「骨盤腸整ウォーキング」を積極的に広げていってください!
2026年8月
骨盤腸整ウォーキング株式会社にて
取材・編集:杉山 大輔
プロジェクトマネジャー:安藤 千穂
文:柴田 恵理(『私の哲学』副編集長)
写真:重松美佐
制作:『私の哲学®』編集部
