SpaceX、OpenAI、Anthropic ── 世界の最先端ともいえる企業に投資を行っているのが、シリコンバレーのグローバルベンチャーキャピタル「ペガサス・テック・ベンチャーズ」。総運用資産は3000億円以上、投資先は300社を超える。
その創業者兼CEOとして、世界14カ国以上での事業展開を統括し、日米のイノベーションの架け橋として活躍しているのが、アニス・ウッザマン氏だ。
しかし、その原点は「日本語ゼロ、コネなし」から始まった数十年前の日本だった。 数々の逆境と偏見をいかにして跳ね返し、信頼を勝ち取ってきたのか。アニス氏に、自らの原動力や仕事への哲学を語ってもらった。

Profile

129回 アニス・ウッザマン (Anis Uzzaman, Ph.D.)

ペガサス・テック・ベンチャーズ 創業者 兼 CEO
スタートアップ・ワールドカップ 創業者 兼 会長

高校卒業後すぐ、日本の国費留学生として来日し、東京工業大学を卒業後、米オクラホマ州立大学にて修士号、東京都立大学にて博士号を取得。米IBMなどを経て、米国にて起業。
シリコンバレーに本社を構えるグローバルベンチャーキャピタル「ペガサス・テック・ベンチャーズ」創業者兼CEOとして、世界14カ国以上における事業展開を統括。AI(生成AI、フィジカルAI等)、ロボティクス、スペーステック、量子コンピューティング、ヘルステック、フィンテック、素材化学など、先端技術領域において、主に大手企業との戦略的連携を軸にした投資活動を展開する。現在、同社は総運用資産3000億円以上、45本以上のファンドを運用し、世界35社を超える一流企業とのパートナーシップを構築。スタートアップと大企業の橋渡し役として、数多くのイノベーション創出を実現している。
これまでに、米国・欧州・日本・アジアなどで300社以上のスタートアップへの投資実績を持つ。主な投資先に、SpaceX、OpenAI、Anthropic、Airbnb、DoorDash、Robinhood、Coinbaseなど世界を代表するテック企業のほか、マネーフォワード、Mujin、SkyDrive、エアトリ、ココペリ(Kokopelli)、FiNC、Geniee、テラモーターズなど、日本発の革新的ベンチャーも名を連ねる。
また、世界200以上の地域予選を経て、優勝賞金約1億5000万円を提供する世界最大級のスタートアップピッチイベント「スタートアップワールドカップ」の創設者で、現在も会長を務める。投資家としての活動に加え、京都大学経営管理大学院の特命教授、テクノホライゾン株式会社、アステリア株式会社などの社外取締役を歴任。日本語能力試験1級。

著書に、一橋大学名誉教授・米倉誠一郎氏との共著『シリコンバレーは日本企業を求めている』(ダイヤモンド社)『スタートアップ・バイブル』(講談社)『世界の投資家は、日本企業の何を見ているのか?』(KADOKAWA)など。

「日本語ゼロ」からの出発

私は日本の国費留学生として来日しました。当時の日本は、世界一の技術大国。アメリカができないことを実現していました。実家のテレビはソニー製で、冷蔵庫は日立製。「日本に行けば、ソニーで働けるかもしれない」という期待も抱いていました。奨学金を受けることが決まった時は、「日本で工学を勉強できる」という喜びでいっぱいでした。
ただ、唯一の大きな壁が、「ゼロから日本語を覚えなければならない」ということでした。
日本語をまったく話せなかったからです。

そこから、本当の試練が始まりました。
まず、大阪外国語大学の留学生センターに入り、毎日朝8時から夜7時ごろまで、1日10時間以上みっちり勉強漬け。まさに「10+ hours of punishment(10時間以上の罰)」でした。
しかも、「あいうえお」などの日常会話だけでなく、高校の物理、数学、化学の教科書を渡され、「1年で全部終わらせて」と言われたのです。数学は数式だからまだ解けたものの、ほかの教科は日本語が難しくてわからない。
「本当に1年で日本の大学に入れるのか?」と絶望しました。

そのハードルを超えられたのは、奇跡に近いです。
やり切れたのは、「1年で大学入試に合格しなければ、自国に強制送還」という「期日(デッドライン)」があったから。
しかも、成績が悪いと行きたい大学に行けず、地方の大学に回されてしまうのです。重いプレッシャーがのしかかっていました。
逃げ道がないから、必死でやるしかありませんでした。

工学をやりたかった私に先生が勧めたのが、東京工業大学(以下、東工大)でした。「工学の分野で日本のトップレベル。専門性が高い」というのがその理由です。 正直、日本の大学で知っているのは東大、京大、阪大くらい。東工大は存在すら知りませんでした。でも、先生を信じて受験し、なんとか無事に合格することができました。
日本語は耳から覚えて、1年後にはペラペラに。読み書きは少し苦手でしたが、東工大の在学中にかなり上達し、日本語能力試験1級を取得しました。

半導体を自分の手でつくった経験が、投資家としての「強み」に

東工大では、電気電子情報工学を学びました。卒業後はアメリカに戻り、オクラホマ州立大学の大学院に進学。半導体の製造プロセスを学びました。半導体チップの製造工程において、ハードウェアのプログラミングやレイアウト設計から、リソグラフィ(回路の焼き付け)、ダイシング(チップの切り分け)、チップのボンディング(基板への接合・配線)に至るまで、幅広く携わってきました。すべて手作業です。
後にこの経験が、投資家としての大きな「強み」になりました。現場を知っているからこそ、技術の本質や投資の判断がとてもしやすいのです。

その後、IBMニューヨークに入社しましたが、この時の経験がVCの創業につながりました。
M&A(企業の合併・吸収)や新規事業、半導体シミュレーションソフトの開発に携わり、寝る間を惜しんで結果を出し続けました。その結果、社長室直属のポジションに抜擢されたのです。IBMの最前線で、一流の意思決定とは何か? 世界を動かすビジネスとは何か? を学ばせてもらったからこそ、今のペガサスがあると思っています。

信頼は「結果」で勝ち取る

「自分で新しい事業やスタートアップを支援するベンチャーキャピタルを立ち上げたい」という思いが強くなり、ペガサス・テック・ベンチャーズを創業。翌年から日本での事業を本格化させました。当初は「最初の3、4年で黒字化できなければ終わりだ」という強い危機感を抱いていました。

私が人生で一番苦労したのは何か? と言えば、「日本」という国で、外国人、しかも「ノンホワイト(非白人)」として、信頼を勝ち得ることでした。

はじめのうちは、「短期的な利益だけを狙って、すぐに撤退するんじゃないか」「真面目にやる気はあるのか」と、疑われたり、叩かれたりすることも多かったです。

アメリカ的な考え方だと、つい短期的な利益を求めがちですが、日本のビジネスの本質は「ロングターム(長期的)」な信頼関係にあります。疑いを晴らす方法は、逃げずに結果を出し続けることしかありませんでした。

運がよかったのは、最初に投資した会社が「秘密結社 鷹の爪」で知られるアニメ制作会社のDLEだったことです。同社が東証マザーズに上場を果たしたのを皮切りに、メタップス、マネーフォワード、エアトリ、ZUUなど、日本国内で約50社に投資し、そのうち10社以上が上場を果たしました。

泥臭く約束を守り、真面目に結果を出し続ける。その姿勢を10年、15年と貫いた結果、新規で参画してくださる企業も次々と増えていきました。
たとえば、日本屈指の自動車部品メーカー・株式会社アイシンは、当初5000万ドルだったファンド規模を1億ドル(約160億円)へと倍増し、足かけ18年にも及ぶ長期パートナーシップを結んでくれました。通販大手のジャパネットグループを統括する株式会社ジャパネットホールディングスも、ファンド規模を当初の4倍に当たる2億ドルに拡大してくれました。
信頼は、お願いして手に入れるものではなく、時間をかけて結果で証明していくものなのだと、身をもって学びました。

年間1000通の手紙が、運命の扉を開く

私たちが2017年に立ち上げた世界最大級のピッチコンテスト「スタートアップワールドカップ」は、今や世界200以上の地域から起業家が集まる舞台へと成長しました。ここから新しいビジネスが生まれ、ペガサスを支える大きな柱になっています。

Startup World Cup
スタートアップワールドカップ 公式サイト

もともと、シリコンバレーで知り合った著名な起業家や投資家を集めて勉強会をやりたいという思いと、シリコンバレーとつながる手段として立ち上げたこのイベントですが、実はもうひとつ、絶対に譲れない「使命」があります。
それは、アフリカ、南米、東南アジアの起業家たちにアメリカ入国のビザを取得させることです。どれほどすばらしい才能や技術を持っていても、生まれた国や境遇のせいで、アメリカに入るためのビザすら下りない若者たちがたくさんいます。そんな彼らのために、私は毎年、世界各国の米国大使館に向けて、1000通以上の推薦状・招聘状(インビテーション・レター)を自ら書いて送っているのです。
とても地味な作業ですが、大使館と粘り強く交渉し、正式な書類を送り続けることで、私たちの大会に出場する起業家のビザ取得率は99%を超えています。

私が書く1通の手紙によって、ビザが下り、若者の夢が叶う。
これは直接のお金儲けにはなりません。でも、世界規模で人々の人生を根底から変えるような「ソーシャルインパクト」を生み出していることはたしかです。

2つの経営哲学

私の経営哲学は、とてもシンプルです。
「絶対にギブアップしないこと」。そして「真面目に、お客様を神様と思って大切に扱うこと」。この2つに尽きます。
私は今でも、カスタマーサポートの現場やお客様への細かなメール対応にまで、自ら目を光らせています。「なぜ社長自らがそこまで見るの?」と驚かれますが、細部にこそ会社のクオリティが宿るからです。「クオリティこそが勝負」なのです。

日本企業には、世界に誇るべきすばらしい技術と歴史があります。足りないのは、新しい仕組みを取り入れる「勇気」と「スピード」だけ。
イノベーションは、経済を動かす起爆剤ですが、自前主義だけでは限界があります。海外のスタートアップと協業して最先端技術を導入し、アジアへ展開するノウハウとスピードが必要ではないでしょうか。

私が目指しているのは、一社と一社がつながって終わりではなく、「国対国」のレベルで、意味のあるインパクトを生み出していくこと。それが、これからの私の挑戦です。

大輔さんとは、シリコンバレーと日本を代表する企業との架け橋づくりに取り組んでいた2014年に初めてご縁をいただきました。大輔さんが私にインタビューをされるずっと前からの関係です。今回、改めて対談の機会をいただいた際も、一般的なメディア取材というより、国境を越えて人、アイデア、そして産業をつなぐことの可能性と責任を深く理解されている方との、非常に思慮深い対話だと感じました。

私が大輔さんに常に感銘を受けているのは、その「精度」の高さです。私は、「品質は細部に宿る」と考えてきました。お客様からの一通のメールをどれだけ丁寧に読むか、投資判断の仮説をどれだけ厳密に検証するか、そして一つひとつの約束にどれだけ真摯に向き合うか。大輔さんにも、まさに同じ姿勢を感じます。
大輔さんの質問は、決して一般的なものではありません。私自身がこれまで経験してきたことの中で、十分に言葉にしてこなかった思いや信念を、何度も引き出してくださいました。

この12年間、大輔さんが『私の哲学』を通じて、ご自身ならではの素晴らしいプラットフォームを築き上げてこられた姿を拝見してきました。東京、テルアビブ、シリコンバレーなど、どの地域のリーダーや創業者であっても、その挑戦、決断、そして人生を支える信念を、真摯に、敬意を持って、そして高い編集力で伝えておられます。 情報が瞬時に流れ、関心が移ろいやすい時代だからこそ、リーダーたちが自らの人生や仕事を導いてきた価値観を振り返り、次の世代へ共有するための場として、『私の哲学』は非常に重要な存在だと感じています。

業界、世代、そして国境を越えて人々をつなぐ大輔さんの情熱、プロフェッショナリズム、そして誠実な姿勢を、私は心から尊敬しています。大輔さんが1,000人へのインタビューという目標を必ず達成され、『私の哲学』がこれからも、世界でもっとも意義深いビジネスストーリーと、その背景にある哲学には国境がないことを示し続けていかれると、確信しています。

ペガサス・テック・ベンチャーズ 創業者 兼 CEO
スタートアップ・ワールドカップ 創業者 兼 会長
アニス・ウッザマン



アニスさんと初めてお会いしたのは、2014年です。当時、私はソニー元会長の故・出井伸之氏の会社で社長を務め、大企業とベンチャーの橋渡しに取り組んでいました。シリコンバレーやイスラエルの案件を通じて生まれたご縁は、友人として、ビジネスパートナーとして、12年にわたり続いています。

今回の対話で、特に心に残った言葉があります。
「疑いを晴らす方法は、逃げずに結果を出し続けることしかありませんでした」
私も19歳で起業し、人脈も資金もないところから仕事を始めました。肩書きだけでは、信用してもらえない。目の前の仕事に向き合い、約束を守り、結果で応える。その積み重ねが信頼になることを、私自身も学んできました。だからこそ、この言葉は、きれいな成功論ではなく、現場を歩いてきた人の実感として響きました。
これまで、日本企業の支援のために、何度もクライアント企業とともにペガサス本社を訪れてきました。そのたびに感じるのは、アニスさんの仕事に対する尽きない情熱です。今回、改めてその歩みを聞き、世界規模の事業を支えているのは、大きな構想だけではなく、目の前の相手や一つひとつの仕事に誠実に向き合い続ける姿勢なのだと感じました。

「スクーターを売っても、フェラーリを売っても、船を売っても、請求書は1枚。」
以前、アニスさんと交わしたこの言葉も、私の仕事観に影響を与えています。私はこれを、単に金額の大きな仕事を目指すのではなく、自分で可能性に天井を設けず、より大きな価値を生み出す仕事に挑もう、という意味で受け止めています。視野は大きく持つ。しかし、その実現を支える日々の仕事は、決しておろそかにしない。この両方があってこそ、挑戦は成果につながるのだと思います。

『私の哲学』も株式会社ILIも、20年目を迎えました。多くの方々に支えられてきた今、始める勇気とともに、続ける責任を改めて感じています。
大きく考え、目の前の約束を丁寧に果たす。信頼を築くために、今日、自分は何ができるのか。アニスさんの歩みは、私たち一人ひとりに、その問いを投げかけているように思います。私自身も、日本と世界をつなぐ現場で、その問いに行動で答えていきたいと思います。

『私の哲学』編集長 杉山 大輔


スタートアップワールドカップは、米国のペガサス・テック・ベンチャーズが主催する世界最大級のグローバルピッチコンテストです。
世界100以上の国と地域で予選が繰り広げられ、各地域を勝ち抜いた代表企業が米国サンフランシスコに集結します。世界決勝大会は毎年11月に開催され、世界決勝大会のステージで100万米ドル(約1億5000万円)の投資賞金を懸けた熱いバトルが展開されます。
単なる賞金レースにとどまらず、シリコンバレーの著名な投資家や大手企業の経営層、起業家が一堂に会する場でもあります。そのため、参加するスタートアップにとっては、グローバルな資金調達、事業提携、ネットワーク構築、そして世界的な知名度を大きく向上させる貴重な登竜門となっています。

スタートアップワールドカップ

2026年9月
グランドハイアット東京にて
取材・編集:杉山 大輔
プロジェクトマネジャー:安藤 千穂
文:柴田 恵理(『私の哲学』副編集長)
写真:ごとーひろな
制作:『私の哲学®』編集部

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