子ども向けポータルサイトの企画・運営やレシピアプリの提供、レストラン運営など活躍の場を広げられている、料理研究家の行正り香氏。氏に英語学習アプリが生まれたきっかけや、これまでの人生についてお話しいただきました。
Profile
第59回 行正 り香(ゆきまさ りか)
料理研究家 | 株式会社REKIDS 代表取締役
1966年福岡県生まれ。18歳でアメリカに留学。カリフォルニア大学バークレー校を卒業。株式会社電通に入社し、CMプロデューサーとして活躍。在職中に料理研究家として活動をはじめ、様々な国で出合ったおいしいものを簡単にアレンジした料理が評判に。2007年に退社し、キッズ向けポータルサイト『なるほど!エージェント』のサービスを開始。2015年5月、iPhone・Android向けアプリ『今夜の献立、どうしよう? FOOD/DAYS』提供開始。2017年11月、中学文法デジタル教材『カラオケ!English』をローンチする。2011年からNHKワールド英語料理番組『Dining with the Chef』のホストを務める。また、新橋にてステーキハウス『Food Days』を運営している。
主な著書に、『だれか来る日のメニュー』(文化出版局刊)、『そうだ。お菓子を作ろう!』(文化出版局刊)、エッセイ『やさしさグルグル』(文藝春秋社刊)、『19時から作るごはん』(講談社刊)、『行正り香のインテリア』(講談社刊)他45冊ほど。
※肩書などは、インタビュー実施当時(2017年7月)のものです。
電車の中で出来上がった企画
私は安定した会社での仕事を捨て、深く考えずに独立してしまいました。最初の10年間で、キッズ向けコンテンツの仕事は惨敗し続け、その分を料理の仕事でカバーしてきましたが、いよいよ本が売れない時代になって、仕事のやり方を見直す必要がでてきました。雇った社員は皆、楽しく働いてくれているのに、時代の流れだからといって終わりにしてしまうのは嫌です。工夫を重ねても如実に会社の売り上げが減っていき、何とかしなければと必死でした。そんなある日、電車に乗りながら、ふと英語をビジネスにできないかと思いつきました。自分がアメリカのESLで学んだ英語のパターンプラクティスメソッドを思い出し、『カラオケ!English』のアイデアが生まれました。複雑な仕組みなのですが、頭の中でカチカチと音を立てながらものすごい勢いで出来上がっていきました。
4,000くらいの例文を考えたり、それに組み合わせるイラストを2万枚考えたり、身を削るような作業を毎日朝6時に起きてから夜寝るまでやっていました。食事の時間以外はずっとパソコンに向かい、お尻に根が生えるほど。家族は体を心配しましたが、私は楽しかった。何かが起こると信じているから、周りからは無理だと思われてもやり抜くことができます。忙しく体を動かしていると、脳はカチカチと動いていろいろなアイデアが生まれます。停滞した生活を送っていると脳も停滞して、ドライブが利かず、変化することもできないというバッドサイクルに陥ってしまう気がします。
周囲の勧めで進学
大人になるまで特に夢はなく、深く考えずに日々過ごしていました。高校生のとき、成績は学年で下から4番目。そういう場合「もっと頑張りなさい!」と叱るのが親というものですが、私の父は違いました。「大学なんて行かんでいい。勉強が好かんのやったら、勉強しても意味がない。それよりも家から半径5km以内で一番のものを見つけて職業に繋げなさい」と言いました。でも、半径5km以内で18歳ができる職業を見つけるのは難しい。英語の発音を褒められたことがある、それだけはましだったと伝えると、「じゃあ、英語で一番を目指せ」と。そこで高校3年生で留学することになりました。留学先のアメリカではホストファミリーのお父さんには、「高校で終えずに、コミュニティカレッジ(公立短大)に行ったらいい。お金がないなら仕事をあげるし、大学の費用を貸してあげてもいいんだよ」と言われ、働きながら短大に通うことにしました。次にコミュニティカレッジの先生から、4年制大学への編入を勧められ、申し込むお金がないと伝えると「これで受験しなさい」と100ドルを渡されました。結果、カリフォルニア大学のロサンゼルス校、バークレー校、デービス校と受けた大学すべてに合格しました。
学年で下から4番目だった私が頑張ることができたのは、高校を卒業したら働くべきだと言いながらも、一生懸命お金を工面して短大、そして大学へ進学させてくれた父への恩返しの気持ちと、一生で最後の勉強なんだから、精一杯やるという覚悟があったからです。
子どもの自信を守り抜く
長女が中学校受験の塾に通っていたとき、5万円くらいする高い塾の教科書にパラパラ漫画を描いているのを見つけました。あるペンギンファミリーの話で、1羽のペンギンがパートナーと会ってから子どもが生まれるまでを描いていて、「これは素晴らしい!」と素直に感じました。彼女は塾に行きたくない、アートがやりたいと言い出し、小学6年生までの3年間を無駄に過ごさせるのか、受験させるのか、決断を迫られました。考えた末、彼女が好きなことを守ってあげなければと思い、「お母さんは塾へ行くお金を美術教室に払います。アートの道は厳しいから同時に英語も始めてほしい。受験はしなくていい。その代わりアートと英語を両輪にして、大学へ行かなくても働けるくらいの力をつけてちょうだい。それはどう?」と言ったら、泣いて喜びました。子どもが好きなことを見つけてあげる、好きなことをつぶさないことは親にとって大事だと思います。親の価値観を押し付けてはいけないけれど、このような決断は、「大学へ行くことが人生のすべてではない」という考えを母親が持っていないとできないと思います。私の母は、「大学に行かなくてもいいじゃない。世の中頭の良い人ばかりだったらつまらない社会よ」という考えの人です。私自身がそうして伸び伸び育てられたので、自分の子どもにも同じように接することができました。いつも一生懸命でなくていい。だらだらしている時間があっていい。自分のことを振り返ってみても、だらだらしている時間があったからこそ、やりたいことがポンと生まれたのです。
一つのことに特化する
子どもに必ず教えたいことがあります。それは、“confidence and tolerance/自信と寛容”です。人は、この二つを持っていれば生きていける気がします。自信と確信を持ち、理解はできなくても、異文化、異なる価値観を受け入れられるようになれば世界が広がる。私は、コミュニティカレッジに行って、頑張ればできることが分かり、自分に自信が持てるようになりました。一方で、大手広告代理店の電通に入り、逆立ちしても敵わない人たちに出会いました。そこでは、父に言われた「半径5km以内で一番を目指す」を自問自答して、才能が際立っている人たちの中でも自分が一番になれる分野をいつも探していました。
子どもたちは、どこか私に似ています。ならば、人がたくさんいる王道ではなく、隙間の道を進んでほしい。隙間の道は前に誰もいないし、茨の道です。でも、王道をみんなでマラソンするより、自分らしく進んで行ける気がします。中学生になってパソコンを渡し、Adobe Illustratorの使い方を教えています。ウェブサイトを自分で作れるようになって、自分自身のブランドを形作っていってもらいたいからです。人生は引き算。この塾に行って、これも習わせて、あの中学校に行かせてと、足し算のように考えるけれど、引いて、引いて一番大切なことを残すことも大切です。そのたった一つのことをやり抜いた先に、再び広い世界が、きっと広がります。あれこれと詰め込まれた状態では、感性が育ちにくいのではないかなと、私は感じています。時間は一定だから、あらゆることに手を広げてしまうと、どれも浅くしか取り組めない。根気をもって一つずつ取り組んでいくと、その先にコネクティングポイントが生まれ、自然とすべてが繋がる気がしています。
これまでの人生を振り返ってみると、不思議なことに、重要な事柄はいつも食卓で決まっていました。父が「お前は大学行かんでいいよ」と言ったときは朝食の席。ホストファミリーのお父さんが「進学したら」と勧めてくれたのも食卓でした。食卓は、人が心を緩やかにして、考えを言葉に変換できる場所なんだと思います。そのとき発せられた言葉は、振り返って考えると、とても意義がある。だから私は食べ物だけではなく、食卓とその空間全体のコーディネートをするのが、好きなのだと思います。
自分の半生と考え方を言葉にしていただき、改めて発見がありました。ある意味、映画フォレストガンプの主人公ように、周りの信頼できる人に言われた通りに進んでみたら、ここに自分がいたんだな、と気がつきました。そんな話を引き出してくださった杉山さんは話し上手だけれど、ものすごく聞上手。一つの企画を大切にして、形にしていく力、すばらしいなぁと感じました。良き時間を、ありがとうございました。
料理研究家 行正 り香
行正り香さんはDoer(やる人)です。料理研究家の側面がフォーカスされていますが、彼女の考え方やルーツを知りたくてインタビューさせていただきました。行正さんの意思決定や行動力、発言の切れ味は抜群です。僕との共通点は、様々なハプニングが起きた時、「なんとかなる」ではなく「なんとかする」という粘り強さです。行正さんの子育て論を聞きながら、普通に育てたら普通の子どもになるように、育てる立場の人間の責務として育てる人間の個性や特徴を正確に知ることが何よりも大切だと再確認しました。これからお互い刺激し合い、世界の舞台でコラボすると勝手に決めさせてもらいます!
59回目を迎えた『私の哲学』。毎回の出会いとサシトークの貴重な時間に感謝しています。ますます僕が成長してしまいます(笑)。
2017年7月 株式会社REKIDSにて 編集:楠田尚美 撮影:Sebastian Taguchi