インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第105回 津村 佳宏 氏

中高年には男性用ウィッグで知られるアデランスですが、今やウィッグにとどまらず、美容、健康、医療まで網羅するウェルネス事業を積極的に展開。世界19の国と地域で67社のネットワークを持つグローバル企業です。このアデランスを率いる津村佳宏氏に、コロナ禍でのピンチを発展のチャンスに変えた経営手法を伺いました。

Profile

105回 津村 佳宏(つむら よしひろ)

株式会社アデランス代表取締役社長グループCEO
1963年、広島県生まれ。高校まで広島県で過ごす。手に職をつけたいと、1982年にヘアデザイナーを募集していた株式会社アデランスに入社。部長であった43歳のときに早稲田大学入学。2018年5月、アデランス代表取締役社長グループCEOに就任。2018年の創業50周年を機に、「美容・健康・医療のウェルネス産業」へと拡大を図る。2023年に創業55周年を迎え、本社機能を品川に集約。内閣府認定公認社団法人 日本毛髪科学協会 毛髪診断士認定指導講師、早稲田大学マーケティングイノベーション研究会所属、金沢工業大学 派遣研究員、看護理工学会 評議員、一般社団法人 全国ヘルスケアサービス産業協会 参与、NPO法人 日本経営倫理士協会 理事。

手に職をつけたい

当時、就職活動をしていた頃、私はアデランスの募集要項に「ヘアデザイナー募集」と記載があることを目にしました。父親が書道家だったこともあり、私も芸術やデザインに興味がありました。また、手に職をつけたいと思っていましたので、これは面白いと思い応募しました。アデランスはすでによく知られていた会社であり、当時は通信教育で理美容の免許が取れる制度もありました。そのため、入社後、技術者として腕を磨くことができると思ったのです。

ところが、私はちょっと不器用で、技術研修ではパーマのロット巻きやカットが上手くできず、同期入社の技術職88人のなかで、いつも居残りグループに入っていました。技術試験でも不合格者5人の中の一人となっていたほどです。
道を歩いている人に声をかけて、今でいうカットモデルをお願いし、研修室に連れて行って無料でカットする。悔しくて、1か月間、必死で練習しましたね。
その後、なんとか合格し、同期生から遅れて現場に出たわけですが、この経験で技術の大切さを痛感しました。そこで、社内で行われていた技術競技大会で優勝するという目標を立て、町田店の店長時代に優勝を果たしました。

経営の面白さを知る

自分がこの会社の舵を握ろうと意識したことはなかったですね。
ただ、本社の課長になって「ヘア・サポート」という育毛事業のリニューアルをしなければならないときに、当時の本部長から「あなたに全部任せる」と言われ、それを半年ほどで成功させたときには、経営は面白いなと思いましたね。100億円近く売り上げたんですよ。

もちろん、経営において大変なこともありました。
ご存知の方もいるかと思いますが、アデランスは一時外資系ファンドの参入により経営が変わったことがあります。
2003年の2月期は非常に好調で、売上771億円、営業利益は129億円に達し、創業以来のピークを迎えました。財務体質もよく、内部留保も多い非常に魅力的な企業でした。ただ、当時は競合が増えたことで株価は割安になっていました。そのため、気づいたら外資系ファンドに株式の30%くらいを買われていました。
2009年の株主総会で、ファンド側が過半数の取締役の選任を求めて株主提案を行いました。ここでプロキシファイトが行われ、アデランスは負けてしまいファンドから経営のプロが乗り込んできたのです。そのとき私は執行役員に選任されました。新体制の経営陣のもとで、非常に苦労しましたね。このあと、それまでに一度もなかった赤字に転落しました。

徹底的に技術にこだわる

アデランスの仕事は基本的に対面販売です。コロナ禍では対面が制限されて大変苦しかったのですが、「今こそ会社の経営理念である『最高の商品』『最高の技術と知識』『心からのおもてなし』の3つを実践するかしかない」と思っていました。
良いものを作っても、作っただけでは意味がなく、その商品の何がいいのかを知っていなければなりません。つまり知識です。根拠と言い換えてもいいかもしれません。お客様に感動していただける技術も必要です。そして、お客様の立場に立ったおもてなし。この3つを行えば、私たちの商品は必ず売れると信じています。

アデランスは徹底的に技術にこだわっています。当社以外にも人工毛を作っている会社はありますが、アデランスでは自社の研究所での研究開発に力を入れ、自社で人工毛を生産しています。ウィッグの毛材を自社で開発しているのは、現在のところ日本でも海外でもアデランスだけです。
さらに、それをフィリピン、タイの自社工場で量産しています。

美容・健康関連企業との協業と共栄

ウィッグ・毛髪関係の特許は、国内外において、現在(2023年5月1日時点)262件取得しています。これほど多くの特許を持っている企業はあまり多くなく、世界的に見ても私たちの技術力は一番高いと自負しています。例えば、非常に強く、静電気の発生を抑制し、かつボリュームが出る毛材「CYBER X(サイバーエックス)」は私たちの特許によって作られています。

もちろん、特許を取得すればその技術は公開されます。しかし、特殊な製造工程でノウハウも必要ですから、真似をしても同じものを製造することは困難であるため心配することはありません。
むしろ、当社で持つ特許を取引先に提案したりして、事業を広げていきたいと考えています。シャープと協業したドライヤーはその良い例です。高価格帯のドライヤーですが、髪のプロとしての知見と技術を詰め込んだ製品は当初の予想をはるかに上回る販売台数につながりました。

専門的な技術や知識が必要である毛髪事業とは異なり、美容関連とヘルスケア関連は約9兆円の市場があるといわれ、それだけユーザーも競合企業も多くレッドオーシャンですが、私たちがイノベーションを起こせば、この分野はブルーオーシャンになると感じています。
私たちアデランスグループは国内、海外ともに毛髪事業を中心に大きく成長してきました。しかし、BtoCビジネスだけでここから先、さらに成長できるのかという疑問も当然出てきました。直接お客様と対面で進めるビジネスのマーケットは、日本では1,400億円と言われており、市場規模はあまり大きくありません。

国内の更なる成長を考えるとBtoBやDtoCビジネスへの参入は必須だと考えました。そこで、創業50周年を迎えた2018年に、次の100年に向けて、いわゆる周辺領域事業である美容と健康事業をスタートさせました。2022年から、プロ専用の美容商材を扱うビューティガレージ社をはじめ大企業や中小企業などとパートナーシップを結び、事業を活性化させてきました。

「共栄」という言葉は、ビジネスの重要なキーワードだと思っています。今までは直営店舗で、100%自分たちのやり方でやってきましたが、これからは競合と争う時代ではありません。自分たちの技術を見つめ、さまざまな企業とパートナーシップを結びお互いが成長するべきだと考えています。

社員の思いを受け止める

新しい商品の開発では社員の声も聞きます。眉毛専門店「ビューステージ アイブロウサロン」は社員からの提案で実現させた事業です。
新型コロナウイルス感染症によって、2020年ころの来店数は前年と比較して2割ほど減少しました。私たちサロンは個室ブースでお客様と1対1でお話しをして、髪の悩みをヒアリングする必要があります。そのため、お客様が来店できずに稼働率が落ちると収益に影響が出ます。当時は、なかなか厳しい状況でした。

そうしたなかで、社員から出てきたアイデアがアイブロウサロンです。もともと個室ブースが設けられていたことや店舗が駅の近くにあったことが幸いし、長年髪の悩みをサポートしてきた経験を活かすことができました。これまで私たちの事業とは関係のなかった20代30代の女性や男性が利用してくださいました。利用者は1年で約3万3000人、2年で約10万人を超えました。今では中高年の方にもご来店いただいています。
完全予約制のため、専用のアプリを配信しており、お客様のリピートにつながっています。また、アプリケーション内や「ビューステージオンラインショップ」で店販品を販売することにより、売り上げアップにも貢献しています。チャレンジしてよかったと思います。

トップダウンやリーダーシップは重要ですが、社員がやりたいことをやらせることも大切だと思っています。新入社員が考えたアイデアを中間管理職がつぶしてしまうと、指示されたことしかしなくなってしまいます。時には自由にやらせることでいい仕事をしてくれます。やらせないと何も生まれません。時間がかかってもやらせるべきだと考えています。野球でいえば、ホームランを打たなくても空振りしなければいい。3割いけばとても良い結果だと思います。

ただし、私たちアデランスグループは髪のプロとして、毛髪業界で一番にならなければいけません。ヘアドライヤーもほかのメーカーと一緒ではダメです。こだわりをもって作っていきたい。スキンケアでもヘルスケアでも同じです。目標は一番です。

今年、創業55周年にあたり、経営力や営業力をさらに強化するため、各拠点に分散していた本社機能を集約すべく、本社を品川に移転させました。ここは3フロアで1200坪の広さがあります。商品や動画を撮影できるスタジオも設けましたから、今後はお客さまや業界の方々に向けて、ダイレクトに情報発信ができます。こちらも期待していただきたいと思います。

DKスギヤマさんと出会い、スギヤマさんのバイタリティーには驚きました。初めてお会いした際、かなり流暢な英語で話しかけられ、終始爽やかな笑顔が印象的で、外国の方と思いました。その後、急に日本語となり、日本人と分かりました。スギヤマさんは小さな頃から大変な努力され続けており、感銘を受けました。インタビューについても、インタビュアーとして、人の話を聞き出すのが上手く、自然に話が出来ました。当社はグローバルに展開しておりますので、今後はスギヤマさんの海外での経験や情報、人脈など、アドバイザー的に協力して戴きたいと考えております。これからもどうぞ宜しくお願いします。

株式会社アデランス代表取締役社長グループCEO
津村佳宏


津村佳宏社長とは今年の新年会でご挨拶をさせていただきました。小学校の時に日本に一時帰国をした際に、「アデランス」のCMをよく見ており、髪の毛の不安や悩みを解決する会社なんだと強く印象に残っていました。最初のインパクトを残すために英語で話しかけたのが功を奏しました(笑)。取材を通して、津村社長の商品に対する熱意や技術的知識の深さに驚きました。実際に開発されたドライヤーやヘアケア商品の数々を体験させていただきましたが、自分の知らなかった世界観があり、大変勉強になりました。髪の毛は常に正しいケアをしていれば、薄毛対策になることを知りました。アデランス社が取得された特許に裏付けされた技術が、世界中の人々に喜びを提供しています。創業55周年に新社屋で取材をさせていただき誠にありがとうございました!

2023年6 月 アデランス本社にて 

編集:杉山大輔|ライター:鮎川京子|撮影:荒金篤史