『東洋経済オンライン』の編集長から、経済ニュース共有アプリとして人気を誇る『News Picks』への電撃移籍を果たした佐々木紀彦氏。キュレーションメディアという立場にメディアの今後はどう映るのか、伺いました。
Profile
第73回 佐々木 紀彦(ささき のりひこ)
取締役 NewsPicks編集長 | 編集者 | ジャーナリスト
1979年福岡県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2012年11月、『東洋経済オンライン』編集長に就任。2014年7月から現職。著書に『日本3.0』(幻冬舎刊)、『米国製エリートは本当にすごいのか?』(東洋経済新報社刊)、『5年後、メディアは稼げるか』(東洋経済新報社刊)。塩野誠氏との共著に『ポスト平成のキャリア戦略』(幻冬舎刊)。
メディアが向かう先
2020年に向けて、私が考えるメディアの第一変革は“5G”です。現在、規格化進行中の第5世代移動通信システムのことで、主流のLTE、4Gに比べ、約100倍もの通信速度に跳ね上がります。まさに、本格的な“動画”の時代がくるということ。必然的に“文字より動画が有利な時代”へ突入することになります。そして、5年から10年の間に、メディアカンパニーが再編されるかどうかも大きなテーマだと思っています。恐れずに言うと、他業種に比べメディア業界はこれまで遅れていました。イメージ的には、IBMや山一證券ショックのようなことが起こって変革を迎えることもあると思います。 新聞と雑誌は再編淘汰される時代がやってくる。その一方で、テレビは在り方が変わると言われながらも、最強マスメディアとして十数年は在り続けるのではないでしょうか。テレビも5Gを活用してネットにも流すなどの決断ができれば、新たなシーンが生まれてくるでしょう。現にNHKはそういう方向に進みつつあると感じています。WEBがテレビを取り囲むというか、パートナーみたいな感じでうまくやっていけると幅が広がりますね。 WEBメディアの強化という点では、有料モデルをどのくらい浸透させられるか。現在、ニューズピックスの有料契約件数は2016年9月末時点で約5万人ですが、何十万人規模のプラットフォームが出てきたときに大きく変わっていく感じがしています。 つい先日、イギリスのパフォームグループでスポーツに特化した動画配信サービスを手掛けるDAZN(ダ・ゾーン)が、日本でのサービス開始1年で会員数が100万人を超えました。日本の通信大手企業も、資金を投じて有料動画配信サービスを強化していますので、より競争が過熱していくでしょう。DNAは鉄の街“北九州”
私は福岡県出身ですが、博多ではなく北九州っ子です。共に100万人都市でしたが、今や福岡は150万人を上回り、北九州は100万人を切りました。カルチャーが全然違いますね。博多は、美味しい食事に洗練された文化で芸能人も多い。一方、北九州は“鉄の街”。アメリカだとデトロイトかな(笑)。同時に、歴史的には、海外の人たちも含めて様々な人たちが集う移民の街でもあります。 祖父は、西郷隆盛を敬愛する薩摩隼人。軍医として戦争へ行き、戻って鹿児島で開業しましたが、生活が成り立たない。そんな時、日本が誇る鉄産業の繁栄に比例して、様々な仕事を求めて北九州へ人がたくさん流入しました。うちは産業医として鹿児島から移住。そういうことで、ある種のワイルドさとダイナミックさを持ち合わせている“工場カルチャー”の粗っぽさが残る街なのだと思います。 私のDNAにも刻まれていると思いますよ。堀江貴文さんも孫正義さんも出身は福岡ですが、新しいことを考えたり、面白いことをやったり、行動することを歓迎するカルチャーは、日本の中でも確実に強い。さらに博多は商人の街ですから、センスの良し悪しやクリエイティブな人が尊敬される文化はありますね。そして、日本における美人率はやっぱり高いと思います(笑)。大学で東京に出てきたときも、福岡のほうが美人が多いなと感じました。ハングリー&ノーブル
「好きなことが分からない」という学生が増えている、「若者は大人しい」などと言われますが、大人も同じ。「今は大企業が完全に官僚化してしまった。ここでイノベーションを期待するのは無理だ」という人も多いですが、私も同感です。 日本は、サラリーマン偏差値がすごく高いというか。裏を返せば、たとえ出世していたとしても、他企業では使えない人材になってしまっている可能性が高いのではないかと。これでは、日本の進化を止めているな、という気がしてしまう。でも実は、“大人しいこと”自体は本来、日本人の文化ではないと思うんですね。 ナイキの創業者、フィル・ナイトの『SHOE DOG』という本が売れていますが、ここに登場するのは日本人ばかりで、特に日商岩井の人たちがフィル・ナイトをだまそうとするくらいハングリーです。高度経済成長の日本人ビジネスマンはすごくパワフル。それが数十年で変わるというのは“気質”や“文化”ではないんです。ぬるま湯みたいな、今の環境がそうさせているだけではないでしょうか。 ハングリーさは、もしかしたら“憤り”や“怒り”からくる面もあるかもしれない。これは許せないという、正義みたいなものがやる気につながる。データや理論、ロジカル思考も必要だけれど、そればかりだと自分が無くなってしまいます。感情と主観、好き嫌いを大事にすることも必要で、そういう意味でも環境さえ変われば日本人もハングリーにならざるを得ないと思います。 昨年12月に上梓した、IGPI(経営競争基盤)の塩野誠さんとの対談本『ポスト平成のキャリア戦略』の中で、塩野さんはポスト平成のリーダーの条件を「ハングリー&ノーブル」と結論づけています。ノーブルと言うのは、“高貴な気概をもつ”、“公共的なもののために頑張る”といった思いがあるかどうか。この2つを持つリーダーが今、日本には欠けていることが最大の問題です。声高に言われる“働き方改革”なんてやってしまうと、もっと小者化するのではないかという危機感があります。働きすぎには注意すべきですが、本当にすごい人は、ワークとライフを一体化させていて、とんでもない集中力を発揮しますからね。最も自分を活かせる場を見極める
我々はメディアという分野に身を置いていますが、メディアの技術的な進歩だけで時代は変わりません。それには、人の価値観や思考を変える必要があると思っています。そこで、昨年4月からNewsPicksアカデミアというイベント・教育事業にも力を入れています。これを社内では“福澤諭吉モデル”と呼んでいます(笑)。当時、彼が推進した“時事新報(メディア)”と、“慶應義塾(教育)”と“交詢社(社交場)”が融合した場所を持つことです。 今後は、交詢社のような社交場もつくりたいと思っています。コーヒーやお酒、食事などを振る舞うことで気軽に人が集い、未知の人と会ったり企画を練ったりできる場にしたい。若い人たちに場を提供するという意味でも尽力していきたいですね。 起業することも、ベンチャーに所属することもすべては手段です。世の中に対するインパクトを出せるか、自分の力を一番活かせる場所はどこなのかを考えて見極めます。よく「佐々木さんは独立しないのですか」と聞かれるのですが、私は今の会社が好きですし、特に創業者たちとはビジョンを含めて気が合うので、独立する必要性も感じません。個人でできることはたかがしれています。同じビジョンを持つ人たちが集うことによって、爆発的なインパクトを出せるのです。特に今のような時代の変革期はなおさらそうです。 友人で産業医の大室正志さんが、「40歳は現代における元服である」と言っていたのですが、私もまったく同感です。40歳で人間は一度死ぬ、人生の前半期が終わるということを、強烈に意識しています。スキルを身につけたりする“修行”の期間は、30代で終わると思うんですよね。40代以降ももちろん成長しますが、今まで培ったものを本当に活かす、人生の表舞台に立つという勝負に入るのが40代かなと思っています。38歳の私に残された時間はもう1年半しかありません。残りの30代を全力で駆け抜けて、2020年までに『NewsPicks』を、日本を代表する経済メディアに育て、新しい時代をつくることが私の目標です。その後ですか?それもよく飲み会で聞かれるのですが(笑)、私は人生を3年タームで考えるので、その後はあんまり考えていないのですよ。NewsPicksに残るかどうかも分かりません。そのとき、やりたいことがいちばんできるところに行く。本当にそれしか考えてないです(笑)。取締役 NewsPicks編集長、編集者、ジャーナリスト 佐々木 紀彦
佐々木紀彦さんとは学生時代一度もお会いしたことがないのですが、社会で活躍されている様子を知り、大変興味があってチェックしていました(笑)。佐々木さんの著書などを拝読していると、新しいことにチャレンジする姿勢や、深掘りする観察力、ズバッとした提言に爽快感を覚えます。次の5年、10年を見据え、自身も会社もそれに向かって努力している姿勢に、同世代として深く共感します。SFCの理念である“未来からの留学生”を実践し、僕たち世代が世の中を先導する番になったと感じたインタビューでした。これから佐々木さんと一緒に、グローバルで活用する教育論などを作っていけたらと思います。
2017年11月 株式会社ニューズピックスにて ライター:マツオシゲコ 撮影:朋-tomo-