インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第106回 成田 隆輝 氏

成田養魚園は、年間約30万匹の錦鯉を世界30か国以上に販売しており、その実績が高く評価されています。2024年1月に開催された「第54回全日本総合錦鯉品評会」において、成田養魚園で取り扱い、飼育された第95部紅白が大会総合優勝を果たし、錦鯉の世界ナンバーワンの座を確固たるものにしました。錦鯉を国内外で精力的にアピールしている成田隆輝氏に、その魅力を語っていただきました。

Profile

106回 成田 隆輝(なりた りゅうき)

成田養魚園株式会社 代表
1974年、愛知県生まれ。外国語専門学校を卒業後、国内でトップクラスの売上高を誇る錦鯉専門の流通販売業者、成田養魚園株式会社に入社。1997年から1年間、マレーシアとアメリカに留学。帰国後、本格的に錦鯉販売を始める。2006年、2007年と2年連続で、念願だった全国大会(東京)と全国若鯉品評会を制覇。日本を含め全世界30か国以上に日本の最高美文化である「錦鯉」を販売している。第54回 全日本総合錦鯉品評会「第95部 紅白 大会総合優勝」。 
釣りとバイクが趣味。5人の子どもの父親。好きな言葉は「振り向くな、後ろには夢がない、前を向いて突っ走れ!」。

鯉ファミリーの成田家

父の実家は、富山県で150年以上の歴史がある養魚園を営んでいて、もともとは食用真鯉の養殖を手がけていました。錦鯉は新潟が発祥の地と言われていますが、新潟には動物性のタンパク源が少ないため、鯉が貴重なタンパク源でした。鯉は夏の間、田んぼに放しておくと大きく育ち、害虫を食べてくれます。 その黒い真鯉の中に、たまに白い鯉や茶色い鯉が生まれ、そうした鯉を見せ合う自慢会のような催しが冬に開かれるようになったそうです。各々が自慢とする鯉を持ち寄っているうちに、「白い鯉と赤い鯉を掛け合わせたら、どんな鯉が生まれるんだろう?」という話になったのでしょう。こうして錦鯉の生産が盛んになっていきました。ルーツは全て黒い真鯉ですが、今では100種類以上の品種が生まれています。黒い鯉から赤と白の鯉が生まれるなんて、奇跡と言うしかありません。 成田養魚園は錦鯉の販売に特化しています。人気の品種にはブームがあったり、意外な品種を欲しがるお客様もいたりするので、選択肢を増やすために現在は50社から60社くらいの生産業者と取引しています。 「生産を行うのもありかな」と思ったこともありますが、生産は生産、流通は流通にこだわるべきで、両方を手がけるのは無理だと判断しました。生産者は錦鯉を作るという職人的な立場、私たち流通業者は、生産者が作った鯉をさらにきれいに仕上げて販売して、アフターケアをしっかり行う。このように役割を区別すべきで、生産から販売、アフターケアまで全てをこなすのは不可能だと考えています。だから、販売だけにこだわりたいという思いが強いですね。

お客様が欲しがる鯉が良い鯉

小さい頃から川魚が大好きでした。小学生から父の仕事を手伝っていて、すでに私が勧めた鯉しか買わない自分のお客様を持っていました。今なら、その方のお気持ちが分かります。商売に携わっている者はどうしても欲があり、いろいろな計算をします。一番良い鯉を別のお客様に勧めるために、二番目の鯉を勧めることもあるでしょう。でも、子どもは計算などしません。自分が良いと思った鯉を素直に良いと言い、悪い鯉は悪いと言います。だから、子どもである私の言葉を信用したのだと思います。 父から、どのような鯉が良いのかを教えてもらったことはありません。子どもながらに、自分が育てた鯉を見たお客様から、「この鯉はいいね、すごいね」と言ってもらえるのが「良い鯉なんだ」と思っていました。私は、本に書かれている良い鯉が実際に良いとは思いません。「お客様が欲しがる鯉が良い鯉」。小さい頃からみんなが、「この鯉はいい鯉だね」と言ってくれるような鯉を自然と探すようになっていました。この気持ちは今でも変わっていません。 ブランドや作られているプロセスも大事ですが、最終的に私たち流通業者にとって大切なのは、模様の良い悪いよりも、お客様が好きな鯉を販売することです。「お客様のニーズに合った鯉を揃える」小さい頃から何となく、そんなことを考えていたように思います。

平和の象徴と言える鯉

ほとんどの川魚は30度を超えると死んでしまいますが、鯉は水温5度から33度くらいの範囲で飼うことができ、ほかの魚に比べて飼育が簡単です。価格帯も広く、一匹100円から数百万円以上までいます。 魚の中には、自分の縄張りがあり、その中に同じ種類の魚が入ってくると攻撃的になるのもいますが、鯉同士ではケンカをしませんし、ほかの種類の魚を攻撃することもほとんどありません。ケンカをしない鯉は、平和の象徴と言えると思います。 金魚の尾をつつく鯉を見て、「鯉は性格が悪い」と言う人もいますが、鯉は金魚を攻撃しようと思っているわけではなくて、ひらひらしたものを見ると、つつきたくなるだけなんです。金魚の中でも和金は尾がひらひらしておらず、鯉と同じような尾の形をしているのでつつくことはないですよ。 鯉は、人の声も足音も覚えます。いつも餌をあげている人が足音をたてても鯉は驚きませんが、ほかの人の足音を聞くと驚くような反応を見せることもあります。毎日同じ時間に、手を叩いてから餌をあげるようにすると、鯉はその行動を3週間もあれば覚えると思います。 日本人にとって錦鯉は身近にいる存在でありながら、ほとんどの人は錦鯉のことをあまり知らなくて、もしかしたら、海外の人の方が錦鯉のことを良く知っているかもしれません。庭に池のある豪邸に住んでいるお金持ちの道楽というイメージなのでしょう。この現実はとても残念です。

衝撃を受けた「紅輝黒竜」

私にとって錦鯉の魅力は、一匹たりとも全く同じ錦鯉は存在しないことです。単色の黄金の鯉でも、ウロコの並び方など全てが異なります。 今までに一番衝撃を受けたのは紅輝黒竜(べにきこくりゅう)です。これまでの品評会で、御三家(紅白・大正三色・昭和三色)以外で全体総合優勝を取ったのはこの鯉しかいません。普通は、赤の上に黒が乗ってしまうのですが、これは赤の輪郭に沿って、黒がスパッと入っていて、見たときはしびれました。 実は、この模様になったのは、品評会の一瞬だけ、美しさのピークがそのときだったんです。鯉の模様は2、3日、あるいは1週間持つかどうかというレベルで、常に変わります。品評会は、過去や未来の美しさではなく、そのときの美しさを競う大会です。その一瞬にマッチしたこの鯉は、御三家しか全体総合優勝はできないと思われていた、業界の常識に風穴を開けたと言えます。 値段の高い御三家に比べて、紅輝黒竜を手掛ける生産者も生産量も少なく、いくら素晴らしくても値段はそれほど高くなりません。ただ、レア度はとても高く、日本人よりも外国人の方がこうした品種に注目していて、新しい鯉の価値を見出してくれます。 日本人には錦鯉を飼う力、お金がなくなったと言う人もいますが、私はそのようには捉えていません。2010年頃も、錦鯉の海外への輸出額はかなりありました。その頃から錦鯉だけでなく、盆栽や日本庭園などクールジャパンへの関心が高まり、インバウンド需要が増加して海外の人が日本でお金を落としてくれるようになり、錦鯉の人気もその流れに乗りました。 盆栽があると、日本庭園が欲しくなり、日本庭園と言えば錦鯉となります。錦鯉の人気が上昇し、その結果、日本の錦鯉生産量では、世界中の需要を満たすことができなくなったのです。供給が足りなくなれば値段も上がり、錦鯉に関心を持つ人が増えれば、もっと良い鯉が欲しいという人も現れます。そうして品評会に参加する外国人が増えました。錦鯉を飼う日本人が減ったのではなく、海外で錦鯉愛好家が増えてきたことに、日本の錦鯉業界は対応を迫られてきたのです。

日本に追つく勢いの中国の錦鯉生産

現在、錦鯉の生産に関しては日本がまだ世界一ですが、生産者は約500箇所に対して、中国には約1,500箇所あると聞きます。平均的なレベルは日本の方が高くても、私個人の意見ですが、中国のトップ3は日本でもトップ10に入るレベルの技術力に達していると思います。 中国のトップクラスの生産者は、日本に来て質の高い、高価な鯉を購入し、それを親鯉にしています。センスや運の問題もありますが、優秀な雄鯉と雌鯉を掛け合わせれば、良い子どもが生まれる確率は高くなります。優秀な親鯉を中国の生産者がどんどん持って行っていますが、日本と中国にはまだ大きな差があります。 今は雄親と雌親のペアを掛け合わせることができていても、例えば3年後にその雄が死んでしまえば、その血は絶えてしまいます。日本の生産者の場合、同じ系統の雄鯉と雌鯉を複数持っているので、万が一第1候補が死んでしてしまっても、第2、第3候補が控えていて、同じものを作り続けることができます。日本の錦鯉生産には伝統があり、良い鯉を続けて生産する技術力があるのです。 日本の生産者から鯉を買い、日本の文化として鯉を販売することが望ましいですが、私たちにとって一番重要なのはお客様のニーズ。お客様から「中国の鯉の方がいいね」という声が出るようになれば、私は中国の鯉を買って販売すると思います。日本がずっと世界一の錦鯉生産国であってほしいと願っていますが、日本にこだわり続けるつもりもありません。お客様が求める良いものを提供し続けたいと、常に考えています。

錦鯉業界を担う次世代への期待

生産者も流通業者も含め、鯉業界全体の課題は「人材育成」です。私のところで長く鯉の仕事に携わっていると、良い鯉の見極め方など、徐々に私の考え方に似てくるでしょう。でも、人にはそれぞれ自分なりの好みや考え方がありますし、私と全く同じになる必要はありません。基本的な考え方は同じであっても、赤は鮮やかな方がいい、ウロコの周りが丸く染まっていた方がいいなど、似たような鯉が2匹いた場合、最終的な好みは分かれて当然です。 飲食店なら、レシピがあればある程度同じ味を作ることは可能だと思いますが、鯉の場合、生産者が代わると全く違ったものになる可能性が高くなります。どの生産者でも、全く同じものを何十年も継承していくことは難しいのです。 私は息子に何も教えていませんし、今後も教えるつもりはありません。ただ、できるだけ早く代替わりしてあげたいという気持ちはあります。 息子は中学を卒業してこの仕事に就き、すでにお客様を持っていますが、自分のスタイルに合ったお客様を見つけてもらう必要があります。同時に、品評会で優秀な成績を取る、誰が見ても良い鯉がどんなものなのかを身につけなければなりません。誰が見ても良いと思う鯉を見極めて育てる力、加えて、自分の好みにマッチした鯉を生産者から購入して、その鯉を欲しいと思うお客様をつくることが不可欠です。 これは、私が教えては駄目なんです。私が教えてしまうと、私のお客様にしか売れない可能性があるからです。息子が選んだ鯉を、「良い鯉だ」と言ってくれるお客様を新たに開拓しなければ、ビジネスとして成長することはできません。どれだけ自覚を持って仕事に取り組み、経験値を重ねていくかが重要です。

業界に新しい風を

今後、業界全体で、錦鯉愛好家の底辺を広げていく必要があるでしょう。お金持ちの道楽というイメージが強く、敷居が高く感じられるようで、新しい人がなかなか入ってきてくれません。手軽に飼えることを含めてもっと多くの人にアピールしないと、国内の市場はどんどん小さくなってしまいます。 愛好家を増やすためには、新しい錦鯉の見せ方を考えるべきです。近年、金魚を芸術作品のように見せるアートアクアリウムが大きな話題になりました。しかし、すぐに死んでしまう金魚が多く、金魚業界には「邪道だ」という声もあったようです。そのことは問題ですが、メディアで大きく取り上げられ、たくさんの注目を集めることができました。そう考えると、金魚業界にはプラスだったと思います。マイナス面があっても、金魚に対するイメージを大きく変えたこと、金魚に関心を持つ人を増やしたことは間違いないはずです。 アートアクアリウムのように、錦鯉も鯉そのものを見せるだけではなく、錦鯉を素材としたアート作品が生まれてもいいと思っています。日本人はそうしたことへの拒絶感が強いですが、海外の人には抵抗がなく、「こうきたか」と素直に驚き、喜んでくれます。日本人は伝統を守ることを意識し過ぎているのかもしれません。 海外のあるヒット商品を見て、感動したことがあります。いくつか穴が開いているプラスチック製のサッカーボールの中に鯉の餌を入れて、池に投げ入れます。そうすると、穴から餌がこぼれ落ちて、餌を食べようと寄ってきた鯉が、まるでサッカーをしているように見えるんです。そんな楽しみ方が、日本でも広まっていくといいですね。ただ、閉鎖的な世界のままでいいと考えている人がいることも、今の錦鯉業界の現実です。徐々にでも、新しい試みや考え方を取り入れていく必要があると思っています。
杉山大輔さんは、海外育ちで発想がユニーク。これから錦鯉業界が世界的に発展するためには、新しいアイデアや、それを形にする行動力が必要です。私はいつか日本国内で錦鯉水族館を展開し、カフェなどを併設し、より多くの方に錦鯉の世界を知ってもらい、興味を持ってもらいたいと思っています。大輔さんの柔軟な発想やネットワークを駆使したら、実現するのではと感じています。錦鯉を世界に発信できるサポートをよろしくお願いします。

成田養魚園株式会社 代表 成田隆輝


成田隆輝社長、第54回全日本総合錦鯉品評会での大会総合優勝、誠におめでとうございます。この輝かしい栄誉は、成田養魚園が長年にわたり錦鯉に対して注ぎ込んできた無限の愛情と、日々の厳しい努力の結晶であることを、インタビューを通して強く感じました。 錦鯉の壮大な美しさを世界中に広め、業界に新しい息吹をもたらす成田社長のご尽力には、改めて敬意を表します。錦鯉への深い愛情と情熱により、世界中から注目される成果を上げられたことは、まさに業界における一大事です。これからも成田養魚園の一層のご発展と、錦鯉文化のさらなる繁栄を心よりお祈り申し上げます。

『私の哲学』編集長 杉山大輔

第54回 全日本総合錦鯉品評会 2024 NISHIKIGOI of the WORLD 大会総合優勝 The Grand Champion 第95部 紅白 Alexander Romashchenko ロシア 取扱者 成田養魚園株式会社 作出者 株式会社阪井養魚場 取次者 有限会社 中森貿易商会

撮影場所:成田養魚園株式会社
 編集:杉山大輔 ライター:楠田尚美