Vol.124  加藤 正人

「“無色”であることが最大の個性」世界三大ピアノメーカーの一つ・C.ベヒシュタインの音について、ベヒシュタイン・ジャパン社長の加藤正人氏はそう表現する。弾き手や空間と共鳴し、無限の色彩を紡ぎ出すその楽器は、三世代100年にわたって受け継がれる「家宝」。「売る」のではなく「伝える」、その信念の根底にある、加藤氏の「真の価値の届け方」とは?

Profile

124回 加藤 正人 (かとう まさと)

株式会社ベヒシュタイン・ジャパン 代表取締役社長
ドイツピアノ製造マイスター|社団法人ドイツピアノ製造者協会会員|一級ピアノ調律技能士
1962年岐阜県多治見市出身。国立音楽大学ピアノ調律科および別科調律専修を修了後、放送局向けピアノ保守会社に勤務。人気テレビ番組や日本武道館でのコンサートなど、数多くの現場でピアノ調律を手がける。
「本物を学びたい」という強い想いから1989年にドイツへ渡り、Taiyo Musikinstrumente GmbHに入社。C. Bechstein本社工場にてマイスター試験準備研修を受けたのち、ルートヴィヒスブルク市ピアノ・マイスターシューレを修了し、ドイツ・ピアノ製作マイスター資格を取得する。
1993年に帰国後、タイヨー・ムジーク・ジャパン(現ベヒシュタイン・ジャパン)に入社。技術と営業の両面で経験を積み、取締役副社長・技術部長を経て、3度の打診を受けたのち代表取締役社長に就任。
日本ピアノ調律師協会およびBDK(ドイツ・ピアノ製作技術者協会)会員。一級ピアノ調律技能士。小出郷文化会館「ルドルフ・マイスターピアノ合宿」公開講座講師(1997年〜)や、国立音楽大学夏期講習にてマティアス・フックス氏とともに「ピアノの発展」をテーマに共同講義(2003年)を行うなど、後進の育成にも尽力している。

著書に『ビジュアルで楽しむピアノの世界』(2007年、那須田務監修)。

ベヒシュタイン・セントラム 東京 ウェブサイト

スタインウェイは「太筆」、ベヒシュタインは「細筆」

「ベヒシュタインの音の特徴は?」とよく聞かれますが、実はひと言では答えにくいのです。というのも、弾く人によって音がまったく異なるからです。一つひとつの音が繊細で、ほんの少しの力加減で表情が大きく変わる。同じく三大ピアノメーカーと言われるスタインウェイが、大きなキャンバスに太筆でダイナミックに描くスタイルとすれば、ベヒシュタインは細筆で丁寧にたくさんの色を重ねるイメージです。だから「これがベヒシュタインの音だ」とは言いにくい一方、弾き手の個性がそのまま音に宿るのです。
その繊細さゆえに、バイオリンやチェロ、声楽など、ほかの楽器との対話がとりわけ豊かになります。色にたとえるなら、「無色」。なので、強く主張しすぎず、相手の色にうまく順応しながら自分の色を紡ぎ出し、主張できるのです。もっとも繊細な声楽とも息を合わせやすいのは、そういう理由からです。明るい音が好きな人には明るく、ダークな音が好きな人にはそのように調整できる。弾き手や場に合わせてどんな色にでもなれる、それがベヒシュタインの強みです。

よくお客様に言うのですが、仲のいい人に後ろから「おはよう」と声をかけられた時、言葉は同じでも「今日は機嫌がいいな」「あれ、何かあったのかな」と感じ取れますよね。優れたピアニストは、それを音でやっています。同じ旋律でも、メランコリックに聴かせたり、明るく弾んだり。ベヒシュタインはその「表情」を作りやすいピアノです。

ベヒシュタインが世に知られるきっかけとなったのは、19世紀の音楽家・リストの弟子であるハンス・フォン・ビューローが、リストのピアノソナタをベヒシュタインで演奏したことでした。以来、リスト自身もベヒシュタインを愛用するようになり、ブランドの名声が広まっていったのです。

当時は、ピアノ製作者とピアニストの距離がとても近く、「どう弾きたい?」「どう表現したい?」と製作者がピアニストに直接聞き、改良を加えると「これどう?」とピアニストのもとを訪ねてフィードバックをまた反映させる。そうしたインタラクティブな関係の中でベヒシュタインは育ってきたのです。実は、「対話」はこの楽器の音だけでなく歴史そのものに刻まれていると思っています。

ワインのように熟成する100年続く「家宝」

ベヒシュタインは、三世代にわたって使い続けられるピアノを作っています。いかに長い間楽しんでもらえるか? に価値を置いているのです。金額だけを見ると、「高い」と感じる方もいらっしゃると思いますが、100年かけて楽しめるものと考えると、別の価値が見えてくるはずです。

日比谷にあるショールーム「ベヒシュタイン・セントラム東京」には、1912年製のピアノもあります。当時の音楽家が実際に使用していたものですが、工場でオーバーホールしてあるので、まだまだ弾けます。鉄骨と側板は当時のまま。使えるものは残し、直すべき部分だけを交換してきました。使用している木は生きています。ですから、適切に管理すれば何十年もいい状態を保つことができるのです。むしろ、ワインと同じように、出来たばかりより10年、20年経ったほうが音が豊かになる場合も。「ストーリーのある工芸品」とも言えますね。
デザインも同じです。1912年製のピアノには、脚の台座にギリシャ建築を思わせる柱のような装飾が施されています。当時のベルリンで流行した「ネオクラシック様式」の名残です。もうひとつ、譜面台の横にはぽこっと突き出た小さなカーブがあるのですが、これは「燭台」の名残です。電気もなかった時代、ろうそくが譜面より手前にないと楽譜に影が映ってしまうのを防ぐための知恵です。こういった細部こそが、歴史の重みではないでしょうか。

ちなみに、ホールに置かれている最新のピアノは、2000人規模の大ホールでも音が隅々まで響き渡るよう少し華やかな鳴り方に設計されています。一方、1912年製のピアノは、サロンのような小空間でこそ真価を発揮します。基本的な音は同じですが、用途や空間に合わせてピアノを選ぶ——それもベヒシュタインならではの豊かさです。

C.BECHSTEIN B 黒艶出 1912年製
【ユーロピアノ特選中古】

|特 長

ベヒシュタインリノベーション(修理部門)による完全オーバーホール。当時新品として世に送り出されたサウンドそのものを再現しています。ブラームスやドビュッシーが体感した響きを味わう事ができる一品です。

|価 格
8,690,000円(税込)
|状 態
中古 / 展示中
|展示場所
ベヒシュタイン・セントラム 東京

感動が、人生を決める

私は、もし音楽の道に進まなければ、建築か土木工学を目指していたと思います。もともと理系の人間で、ものをつくることが好きでした。その延長に、「ピアノ」があったのです。高校時代は、周りが医学部や理系の学部などを目指す中、国立音楽大学のピアノ調律科を選びました。進学情報誌でたまたま目にした「ピアノの設計」という文字に、直感でピン! と来たのです。親からは「もし落ちたら諦めなさい」と言われましたが、幸いにも合格することができました。
この仕事に就いた原点は、やはり「感動」です。何かに感動して、自分もやりたいと思った。卒業後は放送局向けのピアノ保守会社に入り、テレビ番組や武道館コンサートのピアノを調律する日々を過ごしました。刺激的ではあったけれど、次第に「ピアノそのものの設計や構造を、もっと深く理解したい」という思いが強くなり、マイスター資格取得のために、ドイツへの渡航を決意しました。当時は東西ドイツがまだ分かれていて、伝統的なものが随所に残っていましたね。ヨーロッパの音楽文化が生活の中に息づいているのを肌で感じることができました。
帰国後はベヒシュタイン・ジャパンに入社し、技術と営業の両方を経験しました。ベヒシュタインのドイツの店舗でも、販売の現場に立つのは多くがピアノ技術者や演奏家です。ピアノの構造や音づくりを深く理解している人でなければ、この楽器の価値を正しく伝えることができないからです。私もずっとそう信じてやってきました。

社長就任については、実は2度お断りしました。技術者としての自信はあっても、経営となると話は別だからです。ただ、何度も打診を受ける中で、「自分がやらなければ、誰がやるのか」という気持ちが少しずつ大きくなっていき、3度目に、ようやく覚悟が決まりました。「売る」のではなく「伝える」──それが私の変わらぬ軸です。

「売る」のではなく「伝える」
 ──未来へのチャレンジ

今、私がもっとも力を注いでいるのは、後継者の育成です。ベヒシュタインを受け継ぐには、技術だけでなく、ドイツのものづくりやそのメンタリティを理解していることが不可欠です。「なぜこのようにつくるのか」そして、ドイツの過去の資産をきちんと理解できる人。それらを引き継げる人材を育てること──それが、今の私の最大の使命だと思っています。

最近は日本のコンサートホールからのお問い合わせも増えています。ただ、ベヒシュタインの魅力を十分に伝えきれていないのが現状です。ドイツ国内では新品出荷シェアが30〜40%を占めますが、日本ではまだ2%。この数字を「課題」と見ることもできますが、私には伸びしろに映ります。本物の価値を知る人が、まだこれだけ増やせるからです。ですが、その差を縮めることよりもまず大切にしたいのは、ベヒシュタインの理念を正しく理解してくれる仲間を増やすことです。日本の音楽文化そのものを支える存在として、ベヒシュタインをこの地に根付かせていきたいと思っています。

杉山さんのポジティブな熱量に導かれながら臨んだ今回のインタビューは、自身の内にある未整理の想いや、それを形づくってきた経験を、あらためて見つめ直す機会となりました。
このような優れた方々のインタビューの一端に加えていただいたことに、身の引き締まる思いとともに、どこか気恥ずかしさも覚えつつ、大きな光栄を感じております。
編集後の原稿を拝読すると、本来の不器用さが和らぎ、いささか整い過ぎた人物のようにも映りますが、それはひとえに、杉山さんの前向きな視点と言葉の力によるものと受け止めております。
その姿勢に触れ、私自身もまた、関わるすべてのお客様に対し、ベヒシュタインのピアノを通じて前向きな価値とエネルギーを届け続けていく責任を、あらためて認識いたしました。
ベヒシュタインというブランドは、音楽家および音楽を愛する方々に、長く価値ある表現の可能性を提供し続けてきた存在です。その本質を的確に捉え、言葉として結実させてくださったことに、深い敬意と感謝を申し上げます。

株式会社ベヒシュタイン・ジャパン
代表取締役社長 加藤 正人


今回のインタビューで強く印象に残ったのは、加藤さんの原点にある「行動する勇気」です。より深く学びたいという想いから、家族を伴ってドイツへ渡るという決断。その背景には、言葉や文化の違いを含め、さまざまな困難や挑戦があったはずです。それでも一歩を踏み出した経験が、現在の加藤さんを形づくっているのだと感じました。

また、ベヒシュタインのストーリーそのものにも大きな魅力を感じました。実際に1912年製のピアノを弾かせていただきましたが、とても100年以上前のものとは思えないほどのコンディションで、まるで新品のような響きでした。その背景にあるストーリーや、長年にわたり受け継がれてきた技術者たちの手仕事の話を伺うと、その価値は決して高いものではなく、むしろ安いくらいだと感じました。

さらに印象的だったのは、ベヒシュタインが一台一台に向き合い、弾き手や空間に合わせて音をつくり込んでいく姿勢です。その在り方は、カスタマイズを前提としたものづくりという意味で、ロールスロイスにも通じるものがあると感じました。単なる製品ではなく、その人の人生や価値観に寄り添う存在であるという点において、両者は非常に近いものがあります。だからこそ、単に売るのではなく、そのストーリーを伝える。その姿勢こそが、ベヒシュタインの本質であり、加藤さんの経営哲学そのものだと思います。 現在は、ドイツ発のベヒシュタインブランドの価値を、日本で更に広げていくフェーズにあります。本物の価値は必ず伝わる。その挑戦の先にある未来に大きな期待を抱いています。

『私の哲学』編集長 杉山 大輔


2026年3月
ベヒシュタイン・セントラム 東京にて
取材・編集:杉山 大輔
プロジェクトマネジャー:安藤 千穂
文:柴田 恵理(『私の哲学』副編集長)
写真:ごとーひろな
制作:『私の哲学®』編集部