私の哲学Presents

「社長って特別な人だと思っていました」── そう語るのは、ヴァン クリーフ&アーペル ジャパン プレジデントの山本晃子氏。ヴァン クリーフ&アーペル入社後、わずか6年で社長に就任。予想もしなかったキャリアの転機。しかし、そこで彼女が見出したのは、「社長とは組織の価値観を体現し、次世代へ手渡す責任を持つ人」だということ。効率より感情、速さより余韻を大切にする。そんな メゾンの哲学を、自らの在り方で示し続ける山本氏のリーダー論とは?

Maison とは、フランス語で「家」を意味する言葉。ファッションやジュエリー業界では、単なる「企業」や「ブランド」ではなく、創業者から続く伝統や精神、アトリエの職人技術などを、一つの「家族」のように受け継ぐ組織を指す。ヴァン クリーフ&アーペルでは、社員や職人を含めた組織全体を「メゾン」と呼び、互いの絆を大切にしている。


Profile

123回 山本 晃子 (やまもと あきこ)

リシュモン ジャパン ヴァン クリーフ&アーペル プレジデント
1979年東京都生まれ。2002年慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、英国エディンバラ大学大学院にて社会科学修士号を取得。2004年に日本ロレアルへ入社し、「KERASTASE」「HELENA RUBINSTEIN」「KIEHL’S」のマーケティングマネジャーを歴任。
2016年ヴァン クリーフ&アーペル ジャパンに入社し、マーケティング マネジャー、マーケティング&コミュニケーション ディレクターとして日本市場におけるブランド価値と認知向上を牽引。2022年8月リシュモン ジャパン ヴァン クリーフ&アーペル プレジデントに就任。グローバルブランドの哲学を日本市場に根づかせる戦略と、長期的なブランド構築を軸に、ラグジュアリーの本質を体現する経営を続けている。
プライベートでは高校生の娘を育てる母。成長を見守る日常そのものが、自身の価値観を静かに磨き続けている。

ヴァン クリーフ&アーペル公式ウェブサイト

直感が導いた転職
──そして予期せぬ社長就任

新卒で入社した日本ロレアルは、「ブルドーザー」のようにパワフルに前に突き進むタイプの人が活躍する環境でした。毎月のように新作が出たりキャンペーンがあったりして、常に「ドライブ! ドライブ!」で走り続ける日々。たしかに刺激的でしたが、ふと気がつくと電池切れを起こしかけている自分がいたのです。また、ちょうど娘が小学校に上がるタイミングでもありました。
「もう少し落ち着いてブランドと向き合いたい。それに、自分の働き方や生活も見直したい」と思っていた時、たまたまお声がけをいただいたお話に「これだ!」と、理屈ではない直感を覚えたのです。それがヴァン クリーフ&アーペルでした。

働きはじめて、価値観へのこだわり、クラフツマンシップ、真のハイジュエラーとして譲らない姿勢 ── それらすべてが、驚くほど自分の感性と合っていました。

入社から6年ほど経ったある日、箱根でのプレスイベントの翌日、フランス人の社長に朝食に誘われ、こう言われました。
「私はヨーロッパに戻ることになったので日本の社長のポストがオープンになる。立候補制なので、自分から手を挙げないと始まらないけれど、興味はないか。私は君ならできると思う」

耳を疑いました。当時、私はマーケティング&コミュニケーション ディレクターに就任してまだ9カ月。それに、自分は先頭に立って人をぐいぐい引っ張っていくようなタイプではないと思っていたからです。 あまりに予想外で、思わず「そもそも社長って何をするのですか?」と聞いてしまいました。

彼の答えは意外なものでした。
「戦略決定やビジネスの管理だけど、一番大変で、でも一番大切なのは、組織、チームや人の感情をマネージすることだよ」

社員一人ひとり、モチベーションも違えば、抱えている事情も違う。ロボットではない「人」が集まる組織だからこそ、その感情に寄り添い、情熱を引き出すことこそが社長の本当の役割なのだと、その時教わったのです。

「やりたいの?」という問いが変えたもの

手を挙げるまではものすごく悩みました。
そこで、信頼している前職時代の上司に相談しました。彼は私に、ただ一つ質問をしました。
「アコちゃんはやりたいの?」
ハッとしました。「できるかどうか?」ばかり考えて、自分がやりたいかどうかを考えていなかったからです。さらに、こうも言われました。
「3年後か5年後に、もっと経験を積んでからやればいいと思ってるでしょ? でも、その時、チャンスは君には来ないよ。次の世代に声がかかるから。今、候補に挙がっていること自体がタイミングなんだよ」
図星でした。その言葉で、目の前の霧が晴れました。3年や5年待ってなれないのなら、今やってみて、ダメならまた別のチャンスが巡ってきた時にやればいい。そう思えたのです。準備が整うのを待つのではなく、巡ってきた波に乗ることこそが使命だと気づかされました。

覚悟を決めて手を挙げたものの、実際の選考プロセスでは「日本人の美徳」が裏目に出る場面もありました。
面接は4回ほどで、相手はフランス本社のファイナンストップ、人事トップやCEOたちです。私は無意識のうちに、「もし選んでいただけるなら、精一杯頑張ります」と、日本的な謙虚な姿勢で臨んでいました。
ところが、途中経過のフィードバックは意外なものでした。
「アキコは控えめすぎる。本当にやる気があるのかわからない」
外資系のリーダーシップで求められていたのは、謙遜さや奥ゆかしさではなく「私にはこれができる」「私こそが適任だ」と主張する「I can do this!」の強さだったのです。
推薦してくれた当時の社長からも、「面接の結果で決まるのだから、もっと自分を売り込め! できることをアピールして!」と叱咤激励されました。

「できないこと」や「自信のなさ」に目を向けるのではなく、「これまでやってきたこと」「自分にできること」にフォーカスしよう。そうマインドセットを切り替えたことで、後半の面接では迷いなく自分の想いを伝えることができました。

できないことより、できること

社長になって最初に直面したのは、プレッシャーと「私は普通の人だ」という事実でした。そんな時、重要無形文化財保持者である染織家の森口邦彦先生と食事をする機会がありました。当時80歳を超えていた先生は、毎回会った人のことや会話を丁寧にメモし、写真を撮って整理されていました。 「書き留めて記録することで、気持ちが整理できるのだよ」
その言葉を聞いて、目から鱗が落ちる思いでした。巨匠と呼ばれる方でも、そのように日々心を整え、自分と向き合っている。なのに、普通の人間である私が何もせずに、「できないこと」で押しつぶされそうになっているのは、おこがましいことだと痛感したのです。「できないこと」におびえるのではなく、「できること」を書き出し、それを淡々と積み重ねればいい。肩の力が抜けた瞬間でした。

効率より感情
──ジュエリーが伝える体験の価値

社長として何を大切にすべきか。
その答えは、メゾンの価値観そのものにありました。
ある時、当時の上司がこんな例え話をしてくれました。

「リニア新幹線ができたら、東京から名古屋まで40分で行けるようになる。でもヴァン クリーフ&アーペルは40分で行くことを考えるのではなく、各駅停車で5時間や10時間をかけて、ミシュラン三ツ星のシェフやアーティストによる演出のエンターテイメントを入れるなどして、その「過程」を楽しんでもらうことを考える。その時間に最高の体験を提供する。それが私たちの考え方だ」

この言葉が、今でも心に残っています。
今、世の中は時短やコスパ、タイパなど、便利さや効率が一番ですよね。家にいても食べたいものが届くUber Eatsがあって、ネットでボタンを押すだけで数時間後に届けてくれるAmazonがあって。日常生活に必要なものにはいいサービスです。でもジュエリーは、すぐに届くことより、届く瞬間の演出や記憶に残る体験のほうが重要だと思うのです。

私たちが美術館で企画展を行う理由もそこにあります。先日も東京都庭園美術館で「永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル ― ハイジュエリーが語るアール・デコ」展を開催しました。 ブティックではお客様に作品の魅力を伝えるのに、どうしても時間や空間の限界があります。けれど、美術館ならば、創業からの歴史的なアーカイブ作品を、その空間の空気感とともに一堂に見ていただくことができます。

私たちが目指しているのは、メゾンの名前を知ってもらう「認知(Awareness)」ではなく、「なぜこのジュエリーが美しいのか」「なぜこれほどの価値があるのか」。その背景にある歴史や職人技を知り、心からその価値を認めていただく「真価の理解(Appreciation)」です。文化の裾野を広げていくことも、100年以上続くメゾンとしての使命だと思っています。

見えない場所にこそ神が宿る
──日本と響き合う職人魂

クリサンセマム クリップ 1937年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
クリサンセマム クリップ 1937年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション © Van Cleef & Arpels


私たちのメゾンを象徴する技術に「ミステリーセット™」があります。石留めの爪(プロング)を表面に見せず、宝石そのものの輝きだけを敷き詰める技法です。ある時、この技術を見た方が「まるで日本の宮大工のようだ」と表現されました。たしかに共通するものがあるかもしれません。

なぜ、見えない裏側にこれほどの手間と時間をかけるのでしょう。今の時代、効率を考えればもっと簡単な方法はいくらでもあるかもしれません。けれど、私たちは1930年代から続くこの技術を、単に守るだけでなく、進化させ続けているからです。平面から立体へ、より複雑な造形へ。「もっと良くできるはずだ」という職人たちの尽きない好奇心(Curiosity)がそこにはあります。この好奇心はヴァン クリーフ&アーペルの「6つのバリュー」の一つでもあります。
「本物は、説明ではなく背景で説得する」── 私はそう信じています。お客様がそのジュエリーを手にした時、たとえ技術の全貌を知らなくても、そこに込められた膨大な時間と想いは、必ず「圧倒的な美しさ」として伝わります。
神は細部に宿る。そのこだわりを捨てないことこそが、私たちが「真のハイジュエラー」であり続ける理由でもあります。

そして、この「職人魂」が共通言語にあるからこそ、私たちは日本の伝統工芸とも深く響き合うことができるのです。

私たちのメゾンが目指す6つのバリュー(価値)の一つに「継承(Transmission)」があるのですが、国境を超えています。その一つが、2017年に京都国立近代美術館で開催された「技を極める―ヴァン クリーフ&アーペル/ハイジュエリーと日本の工芸」という展覧会です。日本の超絶技巧の工芸品と共にヴァン クリーフ&アーペルのハイジュエリー作品を展示しました。ヴァン クリーフ&アーペルと日本の職人技との対話です。

Papillon laqué clip
© Van Cleef & Arpels

ほかにも、「パピヨン ラケ(蒔絵が施された蝶のクリップ)」というコレクションでは、ヴァン クリーフ&アーペルの蝶のクリップに、輪島出身の漆芸家・箱瀬淳一氏が日本の伝統技法の蒔絵を施していますし、重要無形文化財保持者の森口邦彦先生とも特別な作品「プレシャス ボックス」を共同制作しています。 いずれも、単なる「発注」ではなく、フランスのエスプリと日本の数百年続く伝統工芸が、対等な立場で対話し、融合しています。
日本の職人さんたちと接していると、私たちのメゾンの職人(マンドール=黄金の手)と同じ「匂い」を感じます。国も文化も違いますが、技術を次世代に継承していくという姿勢、細部へのこだわり、妥協しないクラフツマンシップ。そこに共通する価値観を感じるのです。
このように、日本のすばらしい伝統工芸をジュエリーという形にして世界へ発信していくこと。それもまた、この日本のメゾンを預かる私の大切な使命の一つです。

ファッションブランドではなく
「純粋なハイジュエラー」

パリ ヴァンドーム広場22番地 ヴァン クリーフ&アーペル最初のブティック 1906年
パリ、ヴァンドーム広場22番地に創業したヴァン クリーフ&アーペル 最初のブティック 1906年 Van Cleef & Arpels Archives

時代に合わせて、より幅広い層にアプローチするために、バッグや小物、ホームアクセサリーといった「ライフスタイル商品」へ手を広げるブランドも少なくありません。それも正解の一つでしょう。
けれど、私たちはそれを「しない」ことに価値を置いてきました。私たちのメゾンにあるのは、ゴールドとプラチナ、そして宝石。あとはウォッチと、ハイジュエラーとして世界で初めて手がけた歴史ある香水だけです。シルバーやスチール作品もありません。

それは私たちがライフスタイルブランドではなく、「純粋なハイジュエラー」でありたいと願っているからです。間口を広げるのではなく、創業時のDNA、つまりハイジュエラーとしての原点から離れずに守り抜くこと。それが私たちのブレない立ち位置であり、他にはないハイジュエラーとしての誇りでもあります。

未来へのチャレンジ
──より良い状態で次へ渡す

よく「アキコはオーセンティックだ」と言われます。これは、「自分を大きく見せようとしない」からかもしれません。社長だからと完璧を演じるのではなく、ありのままの自分で向き合う。失敗もあまり恐れません。失敗は誰にでもあるし、隠すことではないと思っているからです。
大事なのは、失敗した時に感情的に落ち込むのではなく、事実として「どうだったのか?」を考え、次はどうするか?に切り替えること。自分を飾らなければ、失敗を客観的な「学び」に変えることができるのです。
このスピード感は、組織全体にも通じています。「ボールをすぐに投げる」という表現を使いますが、手元にボール(課題)を持ったまま一人で悩むのではなく、信頼できる仲間にすぐ投げる。投げられた相手もすぐに打ち返す。変なプライドや遠慮がないからこそ、この「キャッチボール」が成立します。悩む暇があったら、投げてみる。その軽やかさが、今の私とメゾンを支えています。

メゾンとしての私の使命ははっきりしています。
それは、「私が受け継いだ時よりも、いい状態で次の人に渡す」こと。
自分の代でメゾンを衰退させたり、悪くしてしまったりするのは、一番やってはいけないこと。その責任を胸に、日々メゾンと向き合っています。

やるべきことに、終わりはありません。でもそれは、チャレンジというより「冒険」に近いです。予期せぬことが起きたり、新しい発見があったりと、ワクワクする感覚。そのプロセス自体を楽しむことです。もちろん大変なこともありますが、それも含めて「次はどんな景色が見えるんだろう?」と楽しんでいる自分がいます。だから、私の仕事は「苦しい挑戦」ではなく「楽しい冒険」なのです。

大輔と出会って、もうすぐ30年になります。大学時代、特別親しかったわけではありませんが、何度か話す機会がありました。当時すでに起業していた大輔は、止まらないトークと圧倒的なエネルギーの持ち主でした。私にとっては「志が高く、パワフルで少し変わった人」という印象でした。
学生で溢れる卒業式で一緒に写真を撮ったものの、連絡先も交換せず、それぞれの道へ進みました。

留学を終えて帰国した1年後、渋谷の交差点で「俺のこと覚えている?」と声をかけられ、ばったり再会しました。その後、偶然にもお互いのオフィスが近かったこともあり、食事をしたり、イベントに足を運んだりする関係が25年ほど続いています。まさに「縁」を実感せずにはいられません。
その大輔が長年、さまざまな分野で活躍する方々に『私の哲学』のインタビューを続けてきたことは知っていました。まさか自分が取材される立場になるとは想像もしていませんでした。
学生時代から経営者として自らの道を切り開いてきた彼に対し、当時の私はやりたいことも明確ではなく、将来像も描けていませんでした。
それでも、人との出会いに恵まれ、仕事に真摯に向き合ってきた結果、今があるのだと感じています。迷いや不安の中にいる誰かの、小さな後押しになれば ── そんな思いで、今回インタビューに臨みました。
取材は、いつもの延長線上にある会話でした。少しだけ真面目で、それでも変わらず自然体でした。長年の信頼関係と友情があるからこそ、飾らずに話すことができたのだと思います。
ちなみに、普段は8割ほど大輔の機関銃トークですが、今回は完全に立場が逆転しました(笑)。
30年のご縁と友情に、またひとつ新しい思い出が加わりました。

リシュモン ジャパン ヴァン クリーフ&アーペル
プレジデント 山本 晃子


大学時代からの友人である山本晃子さんは、僕が19歳で起業した当初から現在に至るまでの、人生のジェットコースターを見知っている存在です。起業して27年、『私の哲学』も20年目に入りました。振り返ると、すべてが一瞬のようにも感じます。

お互いに「社長」という立場で向き合い、改めて話を重ねる中で、彼女の経営者としての風格と覚悟が明確に伝わってきました。そして、「今、インタビューすべきだ」と自然に思えたので、今回依頼することにしました。
取材で最も印象的だったのは、「社長ポストがオープンで、立候補制だった」という点でした。「やりたい」と手を挙げた人に機会が与えられ、その責任に見合うパフォーマンスを示せば可能性は広がる。きっと彼女は上司の方々から「You’ve got this」と信頼される人物だったのでしょう。信頼とは、能力以上に人格に向けられるものだと感じました。

今回は、僕が卒業した大学に通う長男と、漆文化を世界に広げる活動をしている長男の友人もインタビューに参加し、まるでOB/OG訪問のような時間となりました。世代がつながる場に立ちながら、長男には「将来の婚約指輪と結婚指輪はヴァン クリーフ&アーペルだな」と伝えました(笑)。それもまた、価値を受け継ぐということなのかもしれません。晃子さんとは、長男が生まれた頃、家族で一度お会いしています。自分たちが出会った年齢に息子が達し、その場に同席している ── 時間は確実に巡っているのだと実感しています。

ヴァン クリーフ&アーペルは、個人的にも大好きなブランドであり、女性に最も喜ばれるブランドのひとつだと感じています。今回は妻のピアスを借り、スーツのピンズとしてつけてみました。新たなメンズジュエリー?そんな可能性を感じました(笑)。

出会いもまた、Appreciationだと思います。お互いの背景や歩んできた道を知り、価値観を理解し合うこと。理解が深まったとき、単なる関係は、記憶に残るつながりへと変わります。本物とは、受け継ぎ、磨き、そして次へ渡すものです。メゾンの価値は、建物でも商品でもなく、人の覚悟によって守られている。 そのことが、今回のインタビューからしっかりと伝わりました。
これからも、その美意識と精神が次の世代へと受け継がれ、時代を超えて愛され続ける存在であり続けることを心より願っています。

『私の哲学』編集長 杉山 大輔


2026年1月
ヴァン クリーフ&アーペル 表参道ガーデンブティックにて
取材・編集: 杉山 大輔
プロジェクトマネジャー:安藤 千穂 
文:柴田 恵理(『私の哲学』副編集長)
写真:ごとーひろな