インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第103回 下川高士氏

進学補習塾「ブルカン塾」を主宰する一方で、豚骨ラーメンの火付け役ともなった「九州じゃんがららあめん」を経営。2021年にはラーメンとヴィーガンを融合させた「ヴィーガンビストロじゃんがら」を開店してヴィーガン料理の普及にも貢献している下川高士氏に、日本の未来を担う子どもたちへの期待と不安、塾と飲食店という全く異なる業種の経営を通して得た生き方、幸せになるために必要なことを伺いました。

Profile

103回 下川 高士(しもかわ たかし)

進学補習塾「ブルカン塾」主宰|タスグループ代表取締役社長
1954年東京生まれ。熊本で育ち、熊本県立玉名高等学校を経て慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1979年、成績だけでなく子どもの心の成長を目指して指導する進学補習塾「ブルカン塾」を杉並に開塾(現在は品川区大崎)。
不安定な塾の経営基盤を確立させるために1984年に「九州じゃんがららあめん」を創業。千代田区外神田に店舗を構える。これが平成のはじめに起きた豚骨ラーメンブームの先駆けとなり、グルメ雑誌の年間ランキング1位にランクインされる。現在は秋葉原、原宿、銀座、赤坂、池袋などに6店舗を出店。
妻の祠左都(まさこ)氏が2009年、自由が丘に本格的なヴィーガンレストラン「T’sレストラン」を開店したことから、その協力を得てコロナ禍の2021年に「ヴィーガンビストロじゃんがら」を原宿に開店。2012年より九州じゃんがら各店にヴィーガンメニューをおいていく。JALの機内食やニュータッチとコラボしたカップ麺などヴィーガン料理の企画にも参画し、ヴィーガン料理の拡大に努めている。
※肩書などは、インタビュー実施当時(2022年12月)のものです。

「ブルカン塾」の4つの理念

ブルカン塾は小学生から中学生を対象にした進学補習塾です。当然、受験指導には力を入れています。けれど、私が一番大切にしているのは子どもたちの健全な心の成長です。人は何らかの使命をもって生まれた、ただ一人の存在であることを自覚し、生まれてきてよかった、と思って楽しく生きていってほしいと思うのです。
それを実現するために、ブルカン塾には4つの理念があります。
一つ目は「マナー」、二つ目は「知識」、三つ目は「強固な意志」、四つ目は「豊かな感性」です。進学のための塾ですから、普通なら知識を最初に挙げるべきなのでしょうが、ブルカン塾ではマナーが最初です。知識はその次で、その知識を得るための強い意志が三つ目になります。それらをマスターすれば十分素敵な大人になれますが、四つ目の豊かな感性を身につけると人生、もっと楽しくなる、ということです。

ブルカン塾が授業とともに大切にしているのが「ブルカン青春講座」という教科外授業です。3か月に2度ほどのペースで子どもたちのタイミングのいい日に開催しています。今は核家族化や少子化が進んで家族の形が変わったうえに、地域社会とのつながりも希薄になり、子どものしつけにかかわる人が減ってしまいました。そこで、保護者と子どもの間に立つ存在、言ってみれば「第三者の大人」になって挨拶や礼儀を子どもたちに伝えようと始めたものです。成績アップが塾の第一の目的であることに変わりはありませんが、子どもにとって信頼できる第三者の大人がいることは、目的達成の条件でもあると考えています。

青春講座では一つのテーマについて子どもも講師も同じ立場で語り合います。テーマはさまざまで、「ルールを守るとは?」「受験とは?」など。ときにはゲストを招いたり、講師が自分の経験を熱く語ったりすることもあります。こうした語り合いのなかで、誠実さや目標をもって頑張る心を育てていきます。

講座の最後には、毎回みんなで肩を組んだりして歌を歌います。1曲はそのときに子どもたちに伝えたいテーマの歌ですが、もう1曲は私がつくったブルカン塾の応援歌「根性の詩(うた)」です。子どもたちの気持ちが一つになる瞬間です。

人間は苦しむために生まれてきたんじゃない、楽しむために生まれてきたのです。だから子どもたちには心に思ったことを言葉にして、行動する人になってもらいたい。「心→言葉→行動」の方程式です。困難にぶつかったときに、どうやってそこを抜けていけばよいのか、出口はどこだと自分自身で前向きに考え、行動してもらいたい。そうしてこそ未来は開かれるのだと信じています。
ところで、ブルカンとはブルドッグの「ブル」と、仲間という意味のカンパニーの「カン」を合わせたものです。愛嬌がある顔に不屈の精神を持つブルドッグ、その周りに大勢の仲間が集まり夢を語り合う。私が学生時代に作ったサークル「ブルドッグ・カンパニー」、略してブルカンです。

ブルカン塾から「じゃんがららあめん」へ

大学卒業後はヤクルト本社に勤務しました。しかし、子どもと青春ドラマが大好きだったのと、小学3年から母一人子一人の生活でしたので、母を東京に呼び寄せて親孝行をしたいという思いもありブルカン塾を立ち上げました。母は私にとって行動の原点、というか親孝行がパワーの源と言っても過言ではありません。

その母が、95歳になった今、室内での転倒が原因で少々手がかかる状況になっています。気丈な母から「忙しいのに世話をかけてごめんね」と声をかけられると、息子としては辛いものがあります。「何言ってるの、そんなふうに思わなくていいよ」が私の返事です。しかし、これが誰もが迎える当たり前の老いであり、「生きる」ということです。だからこそ、自分の人生のなかで後悔しないようしっかり親孝行をしようと思っています。そして、「みんなも今という時間を大切にしてね」と生徒たちに伝えようと思っています。

少し話がそれましたが、1979年に杉並に開塾。上井草、大崎、浜田山と教室は増えましたが4年目あたりから、時代の影響で塾の授業料が支払えない家庭が複数出てきました。熱心に授業を受けている子どもを退塾させるなど考えられません。むしろ授業料なしで補習を続けていたのですが、当然、経営がおぼつかなくなりました。そこで、自分たちの生活基盤を整えたうえでブルカン塾の仕事をしようと考えました。
しかし、何をすればいいのか。そこで思いついたのがラーメンです。青春時代を過ごした熊本県玉名市はとんこつラーメンが名物でした。故郷の味とんこつラーメンで勝負しようというわけです。九州の料理人に一から学び、試行錯誤の末、1984年に電気の街秋葉原に「九州じゃんがららあめん」を出店。以来、塾と飲食店の二足の草鞋をはいています。塾とらあめん、妙な組み合わせですが、長い年月を経てスタッフたちの心の中では「理念の場」と「実践の場」として見事に天秤が釣り合っています。

コロナでわかった経営のキモ

コロナによって大きな決断をしました。
当社の場合、店舗は都心に近いところが多く、家賃がとても高いのです。例えば、原宿には同じビルの1階にも2階にも「九州じゃんがら」が入っていました。普通ならば、このコロナ禍、どうやって乗り切るかを考えると、「2階を大家さんにお返ししたほうがいいのでは」という話になります。コロナによる大きなダメージ、家賃を少しでも抑えたいところですから。
一方で、社員が多いというのが私の誇りでした。実際そのほうが団結できていました。今まで一生懸命頑張ってくれた社員たちが働く場所はどうなるのだ。私は深く考えました。私たちの会社が存続できているのは社員たちがいるからなのです。まさに社員は礎、宝です。そして、原宿の2階は私たち九州じゃんがらを全国区、世界標準にしてくれた店。だからこそ2階を手放すなんて絶対できない。そして決断しました。あえて、「コロナになんか負けてたまるか!」という合言葉で、お返しするどころか2階を「ヴィ―ガンビストロ じゃんがら」というヴィ―ガンの新業態にリニューアル。以前から温めていたヴィ―ガン専門店をオープンしたのです。「ピンチはチャンス!」、プラス選びの末のチャレンジだったと思っています。

ラーメンからヴィーガンへ

10年ほど前、私はとても太っていて、挙句に糖尿病になっていました。
太っているときには「この状態はまずいな」なんて、振り返ることはありません。良くない状態は、自分ではなかなか気づかないものです。私が気づいたのは、先輩のひとことでした。私のための祝いの席でグーグーいびきをかいて寝てしまったら、そのいびきを聞いた先輩が「こいつどこか悪いぞ」と気づいてくれたのです。そして、「お前、本当にヤバい」と叱ってくれたのです。
そこから生活をガラリと変えました。まず、食生活を見直すことにしました。妻の祠左都がヴィーガン料理の「T’s レストラン」を自由が丘で始めて3年が経っていました。消費カロリーと摂取カロリーのバランスを考えた食事に変え、それまでは近場でも車で移動していたのをやめ、エスカレーターやエレベーターもやめました。ストイックな私ですから、毎日歩いたり、良いというアドバイスは素直に受け入れて徹底的に生活を変えたところ、すぐに高校時代の体型に戻りました。おかげで数か月後には心配のない形で体重が30キロ減り、血糖値もガクンと下がって健康体に戻りました。いつも会っている店のスタッフも気付かないほどあっという間に毒素が抜けましたね。今も数値は維持しています。

2012年、九州じゃんがらにもヴィーガンを取り入れるようになりました。「熊本マー油のヴィーガンらあめん」「野菜仕立ての醤油らあめん」などのラーメンを開発し、2015年からは九州じゃんがら全店にヴィーガンメニューをおいています。 九州じゃんがらはとんこつラーメン店ですから、どちらかと言うとワイルド。ヴィ―ガンビストロじゃんがらはT’s レストランの力を借りていますが、なじみのある料理をお肉が大好きな人たちにも喜ばれるよう、インパクトある味わいに仕上げています。

飲食店の経営で難しいのはオペレーションです。当社の場合、10年ほど前はスタッフ8人くらいで回していた店舗が、今では3人でできるようになっています。従業員のスキルが上がって成長しているのと、オペレーションに無駄な部分がなくなったことが要因です。ただ、どんな仕事でも選択できるこれからの時代に、若者が飲食関係の仕事を選んでくれるのだろうかという不安はあります。楽しくて喜びや感動も多い仕事なんですけどねぇ。

DOer(行動する人)を育てる

子どもを見ていると、その子がどこまで成長するか、楽しみです。中には大化けする子もいます。若くてバリバリ仕事をしているビジネスマンなら、この人は分岐点でプラスにいけばこうなる、マイナスを引きずるとこうなってしまうとか、そんなことが頭に思い浮かびます。子どもたちや若者の成長にかかわるのは実に楽しいことです。

私は子どもを見るときに2つの要素に注目します。一つはDNA、もう一つは環境です。環境のなかにはその子どもの努力だったり周りの助けなども含まれます。あれっと思う子どもは、両親に会うとほぼ納得します。環境を作るのは保護者ですからね。そこで、いい環境を作るために少しでも私たちがお手伝いできればと思っているわけです。
SNSが発達して超情報化社会になった今、子どもを育てる状況は厳しくなっています。例えば、ユーチューバーとかティックトッカーたちを、子どもたちはどう思うでしょう。多額の借金を背負っている若者が、ユーチューバーになって稼いで借金を返済してしまうこともあるようです。お金って簡単に稼げるんだ、と誤解してしまうことも現実にあります。こういった現象を見て、子どもたちは何を目標にするのだろう、何を大切にしていくのだろうと、これからの未来について、私自身も常にアンテナを張って勉強せねばと思っています。
日本はこれからどうなるのでしょう。私は若い人たちに新しいツールを使って、例えばSNSもその一つだと思いますが、世界をホームグラウンドにして、日本という国を大切にしていってもらいたいと思います。子どもたちには、「あれをやりたい! これをやりたい!」というその子なりの夢をもってもらい、私たちはそれを実現させるための応援団でありたいと強く思っています。
「私は子どもたちの味方になれたのか?!」といつも自分に問いかけています。それがブルカン塾の原点のように思います。

幸せは自分で選べる

今、私がみなさんに伝えたいと思うのは、自由についてです。
人は「自由になりたい、自由になりたい」とよく言います。「人は自由であるべきだ」と高らかに唱える人もいます。けれど、私がこの年になってわかったことは、実は自由なんてないということです。自由は、とても難しい。法律もありますしね。なにより、自由というものには実態がないのです。しかし、ただ一つ、はっきりした自由があります。それは、幸せになるのか、不幸になるのか、自分で選択できるという自由です。
そこには‶Do″(自らの選択と行動)があるのです。‶Do″によって、幸せになれる方向に傾いてきます。
では、幸せになるために必要なことってなんだと疑問がわきます。今までにいろいろな幸せと不幸を見てきた私は、幸せになるためには3つの要素が必要ではないかと思っています。
一つ目は経済的な「富裕」です。お金があるかないかで行動範囲は大きく違ってきます。お金で望みが叶うこともあるでしょう。二つ目は、円満な「人間関係」です。家族や友だちを含めて愛に満ちあふれていることは欠かせない要素です。この二つを得ることは非常に大事なのですが、それらは100%のうち5%程度を占めるに過ぎません。残りの95%は「心身健康」です。心身健康にはとても大きな価値、可能性がある。健康であれば何だってできるのです。

どう生きるのかを決める

周りの人たちを観察していると、自分がどういうふうに生きていくのか、自分がどういう言葉を使うのかが、とても大事だとわかります。言葉には目に見えない力、言霊があると言いますが、心に思ったことはたいていポッと口から出てしまうものです。その言葉には魂が乗って伝わる感じで、相手を幸せにも不幸にもするような力があります。例えば、怒鳴ったり、愚痴を言ったり、マイナスな言葉は伝染感染して周囲に広がります。私は今までさまざまな問題や分岐点に出くわして、どちらを選択していくかを考え行動していくうちに、プラス選びを学びました(心→言葉→行動の方程式)。

この年になって思うのは、すべて結果で判断する、ということです。あらわれた結果は絶対に間違いのない正確な事実ですから、言い訳も善意の解釈も意味はなく、結果が一番。だから結果をよく分析して前に進む、行動するのです。もちろん好き嫌いではなく【プラス選び】という軸で。そうすれば結果は必ず良くなる、と感じています。人間だれでも失敗はあります。失敗して落ち込む必要はありません。時間ももったいない。失敗と成功を繰り返していくうちに【プラス選び】が身についていきます。傷ついても前に進む。「努力は必ず報われる」私はそう信じています。

DOer:(ドゥアー)と読む。【名】do+erで、実行者、自分軸を持ち、自分の行動を自分で決める人

DOerの代表! 杉山さんとお話をしていると、圧倒されます(笑)。
だってエネルギーがすごいもの。
なのにワンマンでも暴君でもなく、明るく元気。話せば話すほど、素敵な人、ある意味の天才ですね。ご家族を大切にして、周りのスタッフの方々も素敵で、きちんと大切に育てられています。理想的なDOerです。
今回の取材をいただいて、杉山さんと本音で熱く語り合っていたら…「そうかぁ、何の後ろ盾もなく、原資もなかった私が、どうして長く今までこうやって素敵な仲間たちに囲まれて生きて来れたのか? それは私がDOerだったからなんだ!」と改めて気付かされました。
ありがとうございます! 杉山さん。
これからもいろいろご指導くださいね、お手柔らかに(笑)。

進学補習塾「ブルカン塾」主宰|
タスグループ代表取締役社長
 下川高士


下川高士先生のブルカン塾に次男が小学校4年生の時に入塾し、「青春講座」に参加した時に初めてお会いしました。今から9年前です。参加者で歌を歌い、楽しく勉強する空間を感じました。コロナ禍になってから下川先生とお会いする機会はなかったのですが、去年、先生が経営している原宿の隠れ家レストランに数年ぶりに食事に行った際、ばったりお会いしました。下川先生も滅多に顔を出さないので、これは必然の出会いだと確信しました。ちょうど僕が逆境から乗り切ったタイミングで、先生の温かい笑顔とお言葉に涙が止まらず熱い再会となりました。
今回の取材は、原宿の「ヴィーガンビストロじゃんがら」から原宿の「九州じゃんがららあめん」、そしてブルカン塾に行って、お話を伺いました。
青春講座の歌詞にある
「君が10時に眠るなら、俺は夜中の2時に寝る。人の倍やれ5倍やれ、それで勝負は五分と五分」
が好きです。本当に一生懸命勉強も仕事もすることで「青春」を感じることができます。
「行動する勇気」をもち「DO」をすることで、想像もしない未来が待っています。先生とはこれから今の若い子どもたちをDOerに育てる教育プログラムなどを一緒に広めていきたいです。オーナーと一緒に食べる九州じゃんがららあめんは最高でした。

『私の哲学』編集長 杉山大輔

2022年12月 ブルカン塾にて

編集:杉山大輔 ライター:鮎川京子 撮影:荒金篤史