「コミュニケーションアート」という考え方を軸に、さまざまなプロジェクト開発と共にアート活動に取り組んでいる株式会社ホワイトシップ。その代表を務める長谷部貴美氏に、今アートが求められている理由、今後のビジョンなどを伺いました。
Profile
第31回 長谷部 貴美(はせべ きみ)
株式会社ホワイトシップ 代表取締役 | アートプロデューサー
1965年東京都生まれ。アートが社会に貢献するためには、アーティストとオーディエンス双方のインキュベーションが必要だという考えから、子どもから学生、ビジネスパーソン、企業など幅広い対象者に向けたアートプログラムとそのファシリテーション方法などを確立し、実践している。2008年より戦略コンサルタントチームと組織変革プログラム「ビジョンフォレスト」を開発および提供。さらに、アーティストのマネジメント、インキュベーション、展覧会企画・運営も手がけている。
※肩書などは、インタビュー実施当時(2014年7月)のものです。
内なる想いを描くことで生まれるコミュニケーション
人間一人ひとりが本来持っている創造性を引き出し、アートの力を享受するためのアートプログラム「EGAKUワークショップ」を個人、法人の両方に提供しています。元々子ども向けに開発したこともあり、現在のように企業のエグゼクティブにまで広く取り入れていただけるとは思ってもいませんでした。ビジネスパーソン向けは2004年頃、組織変革を担っている方々からの、対話やコーチングによる言葉だけに頼るのではなく、形に残るアートで何かできるのではないかという話から始まりました。
EGAKUワークショップに参加された方の多くには、「普段にはない深いコミュニケーションができた」とおっしゃいます。組織の中で実施すると、表面的な会話ではわからない想いや考えをお互い知ることで、驚くほどチームビルディングが加速したと言われます。また、相手との深いコミュニケーションと同時に、自分が大切にしている価値観、会社への想いやお客様に対して想いを改めて内省する。他者とのコミュニケーションと、自分の内面とのコミュニケーションの2つができることで、結果的に組織の中のコミュニケーションがスムーズかつオープンになるのが直接的な効果です。最近では、海外からもコラボレーションの話があり、今後は海外並びに日本の地方都市にも広げていきたいと考えています。そのためにも、アートプログラムのエッセンスを深く理解し、設計・運営していただけるパートナーを探すことがこれからの課題です。
無目的なことを楽しむ
先日、「EGAKU Workshopとは何か?」をテーマにしたトークセッションを行いました。登壇いただいたJSR株式会社の小柴満信社長は、「自分のコンフォートゾーンを守っているようではイノベーションを起こせない。ある意味達成感のない、これをやって何になるんだと思うアートをやることに意味がある」とお話しされました。全体のモデレーターをお引き受けいただいた東京大学准教授の中原淳先生は、「私たちは無目的耐性、視界不良耐性が弱くなっているのではないか。無目的なことに耐えられなくなっている。その先に何があるのかわからないことに対して、違和感や不安が強い」と今のビジネスシーンを分析されました。また先生曰く、イノベーションは15年も20年もかかるのだから、絵を描くくらいでガタガタ言っていたら、イベーションはほど遠いと思う。お互いがリスペクトする関係をつくり、なんとか意味づけしようとしていく媒体がアートなのではないかとも。刺激的なコメントですね。
組織の中にイノベーションの種はあるけれども、それを潰していることの方が多いのではないでしょうか。成果や優劣を求めるものではない、無目的なアートの中に身をおいて真剣に取り組み楽しむことが、無目的耐性を鍛えることになっているのではないかとも思っています。自分自身ときちんと向き合い、新しいものを生み出す過程を楽しみ、答えのないものに自分で答えを出していく時間が、今の私たちには極端に少ないのではないかとも思います。そうした一見意味がないように思うアートな時間が、大人にも子どもにも必要な時代なのではないでしょうか。
アートをインフラに
設立から14年、法人化から10年経ちました。当初は、参考になるようなビジネスモデルがなかったので仕組み作りが本当に大変でした。今思うと奇跡の連続、綱渡りとも思えるようなことを繰り返しながら、設立当初からのビジョンが形になってきています。それはすべて“人”のお陰です。私たちのビジョンや考え方に共感してくれる仲間、出逢いを繋いでくださる方、そのような方々がいなければ今はないと思っています。それに加え、時代の流れのようなものも感じています。私たちはリーマン・ショックや震災を経験し、未来は自分たちで創っていかなければという意識がより強くなっているのではないでしょうか。今後の大きな目標の1つは、EGAKUワークショップを世界中に広げることです。ワークショップを実施していると、人間のクリエイティビティって本当に凄いと感じます。誰もが素晴らしい創造力を持っている、つまり未来を自ら創り出す力を持っていることにたくさんの方に気づいてもらいたい。そのためにも、世界中にこのEGAKUワークショップを広げていければと思っています。もう1つの切り口は、アートそのものの概念を変えたいということです。実はこの2つとも、創業メンバーである谷澤邦彦のアーティストとしての活動でもあります。彼が考案したEGAKUワショップも、さまざまなアートプロジェクトを実施することも、アート活動の一環と考えています。そしてその活動の中で、世界に21世紀のアートのあり方を問うてみたいという想いも持っています。
またその延長線上として、最終的には水や電気のように「コミュニケーションアート」という考え方が世の中のインフラになると素敵だなと考えています。上手い下手ではなく、みんなが当たり前に絵を描く社会になってほしい。EGAKUワークショップに参加した多くの子どもたちが「絵は上手な子のもので、自分には関係ないと思っていたけれど、とても大切なことなんだと気づいた」と言ってくれます。教育現場の先生や周りの大人もそうしたことを実感できて、創造的な学びの時間が教育にも職場にも日常の中に入り込んでいる。そうなることで、最終的には私たちの役割が必要なくなるといいなと思っています。
すべての人が創造性という力を持っている
今の世の中において、これまでの枠組みの中で行動していれば良い、安泰だという考え方が足元から揺らいでいると感じています。そうしたこともあって、生きている意味、働く意味を見出したいと考える人が増えてきているのではないでしょうか。そしてどうしたらいいか模索している。私たちは答えを教えてほしい、新しい枠組みを与えてほしい、そう思うことがあっても結局は単一的な答えはないこともわかっています。答えを外に求めるのではないとすると、自分の中にその解をどうやって見出したらいいのか。その時にアートがさまざまなヒントを与えてくれるのだと思います。
私は、すべての人が素晴らしい創造性を持っていると信じています。つまり未来を自ら創り出す力を持っているんです。絶対絵なんて描けないと思っている人でも、やるとできる。ということは、自分ではこのくらいでいい、こんなもんだと思っていても、実際にはまだまだ能力があるということです。まさにそこが開発されていない創造性です。世の中や自分にあるさまざまな課題は、一人ひとりが創造性を開花させ、お互いが認め合い、諦めずに続ければ解決できるはず。杉山さんの著書『行動する勇気』で書かれていることと同じですね。アートも紙の前で何もしなければ絵が出来上がりません。とにかく自分なりに選択をし続けていくしかないんです。行動すれば、必ず世界にひとつしかない美しい何かが生まれる。これまでに7,600人以上の方の作品を見てきましたが、できなかった人は1人もいませんでした。本当に人間の創造性というものは凄い。これからも子どもからビジネスパーソン、エグゼクティブはもちろん、クリエイティブな仕事に携わっている人にも、子育て中のおかあさんにも、とにかくたくさんの人に体験してほしい。そのためにも私自身がもっと成長し、仲間と共に世界をフィールドに出逢いを重ねていきたいと思っています。
はじめて杉山さんにお会いした時の衝撃は、今も忘れることができません。キラキラ輝いた目で、前のめりにアートについて質問をしてくださいました。私のような仕事をしていると、人の反応が大きく2つに分かれます。杉山さんのように好奇心を持って関わってくださる方、頭がはてなマークでいっぱいになってしまう方。杉山さんは前者の中でもとびっきりの好奇心パワーで、すぐにスタジオに遊びに来てくれました。まさに「行動する」人ですね。アートのことがわからないから知りたい。そんな杉山さんのようなビジネスリーダーが増えると、世の中もっともっと楽しくなるんじゃないかと思います。熱いインタビューありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします!
株式会社ホワイトシップ 代表取締役 アートプロデューサー
長谷部 貴美
誰もが使いやすいパステルを使い、自分の心で思い描いたことを表現する。この自分自身を見つめる時間は、情報社会の現代に必要な時間だとインタビューを通して再確認しました。最近、ホワイトシップのアートプログラムをセミナーに取り入れる企業が増えているそうですが、今後ますます需要が出てくると思います。 私は、去年からアートに興味を持ちはじめ、時間を作って美術館に足を運ぶようになりました。止まることなく情報の波が押し寄せる毎日。自分のスタンスを明確にし、情報に左右されず、一貫性のある行動をする勇気を持つことが、自分自身にとっても今後のテーマです。 アートをセミナーに取り入れることに馴染みのない方もいらっしゃると思いますが、今回のインタビューが、アートの持つ力について考えるきっかけなることを期待しています。
2014年7月 92art Studio 谷澤邦彦-Kuni YAZAWA「繍-Embroidery」展にて
編集:楠田尚美 撮影:鮎澤大輝