インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第2回 阿川 尚之 氏

1990年、慶應義塾大学に誕生した文理融合の総合政策学部と環境情報学部は、2010年で20年目を迎えました。2007年6月学部長となられた阿川尚之先生に、今後のSFCについてお話を伺いました。

Profile

2回 阿川 尚之(あがわ なおゆき)

慶應義塾大学総合政策学部長
慶應義塾大学法学部政治学科中退、米国ジョージタウン大学スクール・オブ・フォーリン・サーヴィス、ならびにロースクール卒業。ソニー、米国法律事務所を経て、1999年から慶應義塾大学総合政策学部教授。2002年?2005年、在アメリカ合衆国日本国大使館公使(広報文化担当)。2005年慶應義塾大学復職。2007年慶應義塾大学総合政策学部長。2009年慶應義塾常任理事就任。
他に西村総合法律事務所顧問、ヴァージニア大学ロースクール客員教授、ジョージタウン大学ロースクール客員教授、同志社大学法学部招聘講師を歴任。

※肩書などは、インタビュー実施当時(2007年8月)のものです。

総合政策学部長就任

私が1999年SFCに着任したとき、それまで受けてきたロイヤーとしての訓練、特にロースクールで体験した教え方、学び方が役に立ちました。アメリカのロースクールでは、法律の条文などはほとんど勉強しません。むしろ、法律の問題を自分自身で考える能力を身につけるべく徹底的に訓練します。SFCでどれだけできるかわかりませんが、そういったロースクールでの教育を取り入れ、「法律的に考えるとは、こういうことなのか」と思える体験をさせたいと考えています。 1999年SFCに着任したとき、それまで受けてきたロイヤーとしての訓練、特にロースクールで体験した教え方、学び方が役に立ちました。

私の研究会からは、法科大学院に進んだ学生がたくさんいます。それは、アメリカの憲法判例をたくさん読んでいくと、「法律的に考える」ことが少しわかるようになります。その経験をもとに法科大学院に進み、さらに法律を体系的に勉強する。あるいはその経験を通じて、考えるとはどういうことか理解します。こうしてSFCで何かをつかみ社会に出て行きます。これは、教師として一番うれしいことです。卒業しても私のことを覚えていてくれ、ますます成長して訪ねて来てくれる。大根の苗を植える手伝いをしただけなのに、立派な大根に育っていく様子を見ると、教師っていい仕事だと思います。

これからのSFC

今のSFCは、慶應の3つ目の夢だと思っています。1番目は慶應義塾の創設者である福澤諭吉先生の夢です。福澤先生は若い頃、大阪の適塾で猛烈に勉強し、疲れたらお酒を飲みに行き、眠って起きたらご飯を食べてまた勉強する。自由でありながら秩序があり、ある種の使命感を持っていたと思います。初めて慶應義塾を名乗ったとき、「今までに無かったような学校を今ここに作ろう。身分など関係ない、志さえあれば誰でも来て自由闊達に思う存分勉強ができる学校を作ろうではないか。われらに伝統はないけれど、これから伝統を作ろうじゃないか」と『慶應義塾之記』の中で記しています。

創立から120年くらい経った頃、三田も日吉も立派になりましたが、大学は大きくなるとマンネリ化します。一つの学問体系を徹底的に学ぶことは大事ですが、法学部では法律だけ、経済学部では経済学だけを詰め込んで勉強するのではなく、初期の慶應義塾のように、分野にこだわらず問題意識をもって何でも勉強する、福澤先生の夢を再興しようという話が持ち上がりました。

教員数人が、このままの状態では慶應にさらなる発展はないと考え議論した結果、今までにない新しい教育を行うキャンパスを作る構想がまとまります。その中心人物が、初代総合政策学部長の加藤寛氏と、初代環境情報学部長の相磯秀夫氏です。彼等のもっと自由闊達に教育・研究ができ、学問の枠にも、教員と学生の徒弟制度にもとらわれない学校を作ろうという革新的な考えを支持したのが、当時の石川忠雄塾長です。 こうして、第2の夢が実現しました。

SFC創設の理念は正しいですし、これからも継承していかなければなりません。一方で、18年の間には反省もあり、積み上げてきた過去の遺産や成果をただつまみ食いしているだけではいけません。もう一度基礎から考え、しっかりとした方向性を改めて持つべきだと考えています。新しいカリキュラム作りのために多くの教員が議論を戦わせ、”総合政策学の創造”という新しい科目を作り、メンター制度も発足させました。我々SFCの仲間は新しい夢を語り、それを実現させようとしています。これが3番目の夢です。

こだわりがあるかどうか

最初から自分の目標がはっきりわかっている人ばかりではありませんから、SFCに入ってから”自分探し”するのも構いません。ただし、いったん何かに興味を持ったらとことんやる集中力は必要です。対象は何でもいいですが、物事を突き詰めてやるしつこさがないと、学問も仕事も伸びないと思います。興味があるだけでなく、対象への集中とこだわり、きちんと考える力があるかどうかが大事なのです。

また、これは学校側の問題ですが、興味を持ったことに猛然と取り組む学生に、自分の専門分野から、遠く広い世界を見渡すような能力と意思を伝えることができる教員を揃える必要があると思います。発想の豊かさや、人と違う考え方を持っている教員がいると、自然と個性的な学生が集まります。それが出来るか出来ないかで、学校の本当の力量が問われます。しかし、こうした教員を集めるのはとても難しいことです。

物事の二面性

論語に「学びて思はざれば即ち暗し、思ひて学ばざれば即ち危ふし」という言葉があります。つまり、一生懸命勉強はしているが社会のことに何にも興味がなく、視野が狭い人は発展しない。逆に、現実社会ばかりに興味があって、基礎を勉強せず考える方法も力もない人は危なっかしい。やたらに忙しい人、仕事ばかりしている人は魅力がない。同時に、勉強ばかりしている人も魅力がありません。

福澤先生も「学問に凝るなかれ」と言っています。「学問はもちろん好きになってほしいし、全力で取り組んでほしい。でも、それに耽溺してはいけない。それがすべてではない。学問は、どんどんしなさい。しかし、どこかで距離感も持たないといけない」。これは、とても透徹した言葉です。

勉強ばかりでなく、物事の二面性を常に意識することが大切だと思います。ある学生が、「学ぶ」という言葉は「真似ぶ」から来ていると教えてくれました。つまり、先輩の真似をして「型」を身につけるということです。往々にして「型」の大切さをSFCの人は知りませんが、型のないまま社会に送り出しては良くありません。「型破り」という言葉がありますが、「型破り」な研究や芸術は面白い。でも「型」がなければ、破ることもできないのです。

SFCの学生、卒業生へのメッセージ

情熱があるのは素晴らしいことですが、どこかで立ち止まり、一人になって哲学的なことや文学的なこと、宗教のことなど、深く幅のある思考も大事にして欲しいと思います。自分だけの大切なもの、日常の自分とは全然違う世界、一人だけの世界を持ってください。

私の信条は、「現実的であると同時に理想主義者でありたい」です。つまり、理想だけで生きている人間は、きれい事だけを言う傾向があり、そればかりではいつか嘘になってしまう。一方で、ただ現実のことだけをやっていると行き詰ってしまう。リアリティーと理想の両方を持っていたい。どちらかだけではだめではないかという気がしています。あまり大きな理想、大きな無常観に走る必要はないのです。

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阿川先生のお話の中で、「問題発見・問題解決」のためにはまず、「考えること」が重要であること、また「物事の二面性を意識する」ことの大切さが最も印象に残りました。「徹底的に考える」というプロセスは、めまぐるしく変化する環境で生きていく上でも大切なことだと納得しました。

『私の哲学』編集長 杉山大輔

2007年8月 慶應義塾大学SFCにて  編集:楠田尚美  撮影:鮎澤大輝