世界で初めて縄を「アート」としてとらえたのが、日本を代表する縄のスペシャリスト・Kinoko氏。人だけではなく、木や岩などの自然や空間までも縛る。その独自の作品性が評判を呼び、パリ、ロンドン、シドニー、メルボルン、バンコク、台北、上海など、世界各国で高く評価されています。「縄は糸電話のように相手と自分を結びつけるもの」だとKinoko氏は言います。さまざまな「繋がり」を表現するその作品は、一体どのようにして生まれたのか? についてお話をうかがいました。
Profile
第116回 Hajime Kinoko(はじめ きのこ)
現代アーティスト、緊縛師、ロープアーティスト、写真家
1977年10月22日生まれ。2001年、交際していた女性が縛り好きだったのがきっかけで、夢子氏を師匠と仰ぎながら独学で縛りを学ぶ。その後、雪村春樹氏、神凪氏を恩師として緊縛の講習やレッスンを受ける。
縛りをエロだけではなく、ポップな解釈やアートに昇華。特に自然(木、岩など)や空間までも縛るユニークな作品性が評価されている。近年はパフォーマンス以外に、写真や映像によるアートワークも精力的に発表。縛りと撮影、演出の全てを手がける。国内のみならず、パリ、ロンドン、ローマ、ベルリン、シドニー、メルボルン、バンクーバー、ニューヨーク、ロサンゼルス、台北、上海他、世界約30カ所で公演、ワークショップを行っており、海外での認知度も高い。日本を代表する縄のスペシャリスト。
Hajime Kinoko Shibariと緊縛 Official Home Page
https://shibari.jp/
Instagram
https://www.instagram.com/hajime_shibari/
「繋がり」の追求 ――芸術家としての原点と哲学
縄縛りというと、多くの人はSMを連想するかもしれません。でも、私にとって縄は単なる道具ではありません。空間をデザインしたり、編み物のように体にデザインを施したり、建物を縛ったり、舞台や子ども用の遊具を作ったり……。
縄は「アート」であり、その可能性は無限大です。実は六本木ヒルズ全体を縛るという話もあったのですが、それはさすがに無理でした。
縛りには不思議なパワーがあります。体が解放されるという人もいれば、アドレナリンが分泌されるのか、元気になる人も。意外にも眠くなる人も多いです。赤ちゃんが、お腹の中で母親の子宮に守られているような安心感。それに似た作用があるのかもしれません。
だからこそ、初めて誰かを縛る時は、ものすごく責任を感じます。常にその人にプラスになるよう考えています。その人を見て、「なんだか疲れているな」とか「優しくされたいのだな」と感じたら、ゆっくりとその人のペースで優しく縛るし、「嫌なことがあったんだな」と気づいたら、少しでもリセットできるようにする。
その人のペースに合わせて縛ります。相手が人の場合には、毎回、その人に合わせた唯一無二の作品を作り上げるのです。
技術と表現 ―日本の美意識と独自のスタイル
生命の木 “Tree of life” 2018 ED.5
pigment print・crystal paper
Photo by Hajime Kinoko
Rope by Hajime Kinoko
私と縄との出会いは、本当に偶然です。
あるとき、先輩から「六本木のフェティッシュバー(さまざまなフェチの人が集まるバー)の店長をやれ」と言われたんです。そこで知り合ったMの女性とつき合うことになって。ある、初老の女性が突然店にやってきました。そして、「フェティッシュバーの店長やってるんなら、縛りくらいできないとダメでしょ。覚えなさい!」と言われて、縛りを教えられたのがはじまりです。後で知ったのですが、実は彼女が学んでほしくて、夢子氏というその女性を送り込んできたのでした。のちに夢子氏は私の師匠となりました。SMの英才教育です(笑)
少しずつ自分でできるようになってきたので、ある時彼女に「縛ってあげようか」と言ったんです。そうしたら、「いらない」と一蹴されました。「あなたが縛りたいから縛るんであって、私が縛られたいからあなたが縛るのはおかしい」と。能動的でなければ意味がないというのです。
この経験を通して、私は縛りにおける「繋がり」の本質に気づきはじめました。縄は、まさに糸電話のように相手と自分を結びつけるもの。物理的な繋がりだけでなく、心と心の繋がりを表現するもの。コネクションなのだと。
技術は、毎日お店のお客さんを10人くらい縛っているうちに自然と磨かれていきました。それに気づいたのは、お店で縛りのショーをやってもらおうと演技者さんたちを呼んだ時のことです。縛りの場面になると、なぜかお客さんがみんな寝てしまうのです。「なぜだろう?」と思ってそのショーを見たら……めちゃくちゃ下手で、つまらなかった。「こんなので、お金取ってんの?」って正直思ってしまうレベルでした。
店の3軒くらい隣にあるストリップ劇場で開催されるSM大会を見た時にも、「自分のほうが縛りがうまいな」と思いました。なのに、そのような人たちもプロの「緊縛師」を名乗っているんですよね。「だったら、僕、アマチュアだけど、ショーに1回出てみたいな」と思って、関係者を紹介してもらいました。実際にショーに出場してみたら、すごく楽しくて。それ以来続いている感じです。
「作家」というより「料理人」 ―相手に寄り添う表現
白 “White” 2018 ED.5
pigment print・crystal paper
Photo by Hajime Kinoko
Rope by Hajime Kinoko
私はどちらかというと伝統を壊すのではなく、守っていきたいと思っています。茶道で、「茶器を割る」という表現をして破門になった人の話を聞いたことがありますが、私の場合は自分中心ではなく、周りが回っていくような、グループ主義的な表現を心がけています。
「繋がり」とは、まさに相手に寄り添うこと。それが私の哲学です。代表作「-Red-」シリーズも、この「繋がり」がテーマ。作品で使用している赤い縄は、血や運命の赤い糸のような繋がりを表現しています。
だから、私は作家というより「料理人」に近い気がします。作家は自分の作りたいものを作り、それに賛同を求めることが多いですが、私は相手に寄り添い、お題をもらったら自分のやりたいこと、かっこいいと思っていることを8割、9割やりながら、その人に合わせた表現を追求していきます。
渋谷のMIYASHITA PARKの作品も、もとは岡本太郎氏の「明日の神話」という作品をテーマにしたコラボ、というお題があって、そこからひらめいたものです。真ん中が核兵器の爆弾で、血だらけの人が並んでいて、ほかのちっちゃい虫が「僕のきら星」で、っていう感じなんですけれど、途中でそのお題がなくなってしまって。だから、逆に希望を表現することにしました。
日本の縛りは、海外から見ると特別です。日本のエロスは、設定が細かくてマニアックなところがある。襖の間から垣間見える情景、寒い日の湯気、ほんの僅かな震え……、そういった細部への美意識が、この表現をアートの領域へと昇華させたのです。
日本のアートにはすべて「新形相」という概念があります。
書道なら楷書から「形」が行書、「相」が草書です。最新の形があるのです。建築やお茶、生け花にもあります。型を知り、基準を知ったうえでの型破り。基本を徹底的に習得した上で、初めて型を崩す余裕が生まれます。だから、まずは「型」。型がなければ崩せません。
そのために、私は世界各国に緊縛の道場を作り、基準を設けています。華道や剣道のように、緊縛に昇段制度を作りました。入門者は10級から始まり、級が上がるにつれて1級へ、そして段位へと進んでいくシステムです。
基本となる91の技をビデオ教材で学び、一つひとつ確実に身につけていくことで、はじめて自由な表現への扉が開かれるのです。これまでに、世界で30の国や地域で教えてきました。
人と人との繋がり ―パフォーマンス、そして未来へ
ショーで大切なのは、相手の反応を読み取ることだと思っています。私はその人の背後に立った時に、体の雰囲気や手の動き方から、その人の状態がわかります。統計学みたいに、人の反応がすぐにわかるというか。
縛るのはすごくキケンなことでもあるから、神経がどこに通っているか? など、人体については詳しく勉強しています。また、人を吊り上げるための資格も持っています。
ショーのテーマは、自分がかっこいいもの、そしてお客さんが本当に楽しめるもの、熱中できるもので決めています。どこか実験みたいなところもあって、新しいこともやりながら、だんだんと技量も上がってくる感じです。
音楽のテンポに合わせて緩急をつけ、相手の呼吸と一体になる。そんな時は、お客さんが感動して涙を流してくれることもあります。
物を使い込んでいくことで、その物の本質が見えてきます。縄を通じて相手の呼吸、体温、緊張の度合い、肌質や肉質、骨の位置まで、すべてが伝わってくる。それは縄に触れている時間の積み重ねでしか得られない感覚です。たとえば、お箸を使い込んでいくうちに、触れているだけで「これは柔らかいな」「硬いものだな」「自分の好きなものだな」とわかる人にはわかる。それと同じようなことです。
相手のことを強く想えば想うほど、縄を通してさまざまなことを感じ取ることができ、それに寄り添いながら縛ることができるのです。>
インターネットが普及した今、私たちは本当の意味でのふれあいや繋がりを忘れかけているように思います。ですが、私の作品を通して、かつての大切な人や出来事を思い出してほしい。母親、先祖、自然、仲間、DNA、未来、心と心など、さまざまなものとの繋がりを表現していきたいです。
かつての日本人は、襖の隙間から見える景色に美を感じ、湯気の立ち方にも情緒を見出してきました。そんな繊細な感性を持つ日本だからこそ生まれた、この縄という表現。それを現代に活かし、さらに新しい領域へと押し広げていく。それが私の使命です。
これからは、なんか未知なことをしたいです。一つひとつの出会いを大切に、新しい表現を追求し続けます。
また、緊縛の業界自体がきちんと日本で確立されるといいなと思っています。実際、世の中を動かしている人はけっこう理解してくれているんですけど、その下くらいの人はまだ全然というところがあるので。
縄を通じて人の心に触れ、そして人の心を動かす。
その営みに、終わりはありません。
取材場所は取材感の無い居酒屋で。杉山さん自体も縛られてみたり、これまでの取材とは違って、型にハマっていない独特な取材でした。談笑しながら、気づけば私と杉山さんの距離感が感じられないようになっていって、すごくオープンにお話しすることができました。
本当に杉山さんのコミュ力の高さには圧倒されました。私の話がより深いものになっていった気がします。
取材自体、笑いもたくさんあって、すごく楽しかったです。ありがとうございました!
ロープアーティスト Hajime Kinoko
日本の伝統美を大切にしながらも、新しい表現に果敢に挑む姿勢は、アートの枠を超えて普遍的な価値を示しています。居酒屋というカジュアルな空間で行われた取材は終始和やかで、Kinoko氏の人柄も相まって、自然と深い話に引き込まれる時間となりました。
縄というシンプルなツールから生まれる「繋がり」の哲学。それは、人間関係や社会全体を象徴しているように思います。さらに世界でのご活躍を願っております。
2024年10月 art space kimura ASK?にて 取材・編集: 杉山 大輔 プロジェクトマネジャー:安藤千穂 文:柴田恵理(『私の哲学』副編集長) 撮影:浜屋 えりな