加藤寛先生は、経済学者として、日本の経済政策の理論と実践における中心的な役割を担ってきました。日本の行政改革をリードする先生に、今の日本に必要なものはなにか、私たちは何をすべきなのか、お話を伺いました。
Profile
第12回 加藤 寛(かとう ひろし)
経済学者
慶應義塾大学経済学部教授を経て、1990年に慶應義塾大学総合政策学部を設立、初代学部長となる。退任後は、慶應義塾大学名誉教授、千葉商科大学学長、同大学名誉学長等を歴任。慶應義塾大学教授時代の教え子に、小泉純一郎氏や小沢一郎氏、竹中平蔵氏がいる。学外では、日本経済政策学会会長、日本計画行政学会会長等を務め、日本経済政策学を先導。郵政民営化や構造改革のブレーンとしても貢献した。
※肩書などは、インタビュー実施当時(2012年6月)のものです。
加藤寛先生におかれましては、平成25年1月30日、享年86歳にて永眠されました。
お元気なうちにこのようなインタビューをさせていただけましたこと、感謝の念に堪えません。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
「私の哲学」編集長 杉山 大輔
努力して学ばなければ平等な社会は生まれない
私が信条としていることのひとつに、「努力して学ぶ」ということがあります。これは福澤諭吉先生の大切な教えでもあります。福澤先生の教えの中でもっとも重要なのは、「人は学ばなければ、平等な人生は歩めない」ということ。
『学問のすゝめ』には、「学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ」とあります。これは、「人にはそれぞれ能力の差があるし、考え方にも違いがある。それが、あらゆる意味で人生の差を作っているのだから、人生はけっして平等ではない。努力をしなければ平等になれないのだ」という意味。つまり、「学ばなければ、平等な人生は歩めない」ということを説いているのです。
また、『学問のすゝめ』には、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている。人は生まれながら貴賎上下の差別ない」とも書かれていますが、これはただたんに、皆が平等であればいいと言っているのではありません。どうすれば平等になれるか、努力して学ばなければいけないのだと、繰り返し繰り返し、福澤諭吉先生は言っておられるのです。
公を知るという考え方が日本社会を作ってゆく
もうひとつ、「公のために」というのも、私の信条のひとつです。私は経済学者ですが、お金を儲けることが経済学ではないと思っています。もちろん、お金は儲ければ儲けるほどいいのだし、私はそのことを否定しません。ただし、それを自分で独り占めするのではなく、公のためにどれだけ使うことができるのかということこそが、大切なんです。
たとえば、経済的に豊かな企業なら、事業で得たお金で、社会に貢献するような活動もするべきです。いま、第一線で活躍する企業家の中にも、そのことに気づき、積極的に活動をしている人たちがいるのは、とてもうれしいことです。きっと、人間には転機があって、どんなに儲けていても、ある時期がくると、「自分ひとりでは生きられない、世の中に還元しなければ」ということに、気づく時が来るのかもしれません。
社会的情熱に押されて経済学者の道へ
私はこれまで、経済学者として、日本経済政策学会会長、公共選択学会会長、日本計画行政学会会長などを務め、国鉄分割民営化や直間比率是正・間接税中心の税体系の導入など、日本の行財政改革に長く携わってきました。そんな私が経済学者の道を選んだのは、お金のためではありません。
私が若かりし頃、それは戦後、まだ日本が荒れすさんでいた時代に、「社会の一員として、どうやってこの社会を立て直すことができるのか」ということを考え、結果としてたどりついたのが、経済学だったのです。
イギリスの経済学者、アーサー・C・ピグーは、「カーライルは言った。哲学は驚きに始まる。経済学は汚いすえた匂いの街をさまよって湧いてくる社会的情熱である」という名言を残しています。まさにその「社会的情熱」、つまり、自分ひとりが豊かになるのではなく、日本を豊かにしたい、よい社会を作りたいという思いが、私を経済学者へと導いたのです。
世の中に格差がある以上、グローバル化はありえない
いま、世の中ではグローバル化がしきりと叫ばれていますが、簡単にいってしまえば、格差をなくすことが、グローバルの第一歩なのだと思います。人と人との間に壁がある以上は、グローバル化など進みません。その壁をとりさるために何が必要かといえば、それは学問です。そして学問は、コツコツと続けることが大切。ノーベル賞を受賞した学者をみても、誰一人として、正道を歩んでいません。隙間を狙って、みんなコツコツと長年勉強し、そしてノーベル賞にいたっています。多数派にならわず独自の道を信じて歩み、異なる目線で物事を見て、他の人が気づかない点に注目していたからこそ、世界的な賞がとれたのだと思います。
学問を続けていると、遅々として進まないと悩むこともあると思います。しかし、一見、進んでいないと思っても、実はそうではない。ひたすら続けることによって、それは必ず、社会に影響を与える成果を生むのです。こういった倫理的な考え方は、経済学やほかの学問の分野で学ぶことではありません。心の問題です。
どんな学問をしていても、どんな仕事をしていても、どんな下積み時代を送っていても、必ず自分は世の中の役に立つんだという気持ちがあって努力していれば、きっと、いつかその希望が叶うはずです。
SFCのカトカンこと加藤寛先生とこのようなインタビューが実現したのは、日頃お世話になっているSFC諸先輩方のおかげです。 「未来からの留学生」がコンセプトのSFCは今年で22年目を迎えました。私も卒業して10年が経ち、SFCで学んだことが今の仕事に大変役立っています。これからも公に報いる経済活動を意識し、継続的に力を尽くしたいと強く思ったインタビューとなりました。
2012年6月 第一生命経済研究所名誉所長室にて 撮影:鮎澤大輝