ロイターの記者として、映画監督として、コンクリート・ジャングルのニューヨークに生きる我謝京子氏。9.11を現地で体験し、取材を続けたその先に感じた思い、ニューヨークで暮らす日本人女性から受け取ったメッセージとは。
Profile
第68回 我謝 京子(がしゃ きょうこ)
ジャーナリスト | 映画監督
1963年東京都生まれ。上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。1987年、テレビ東京に入社。1991年、フルブライトジャーナリストとしてミシガン大学ジャーナリズムフェローに。2001年、ロイターに報道記者として赴任。映画監督としても活動し、ニューヨークに住む日本人女性の思いを描いた『母の道、娘の選択』、東日本大震災後の日本でたくましく生きる女性の姿を描いた『311:ここに生きる』など、日本人女性の視点を世界に届けるドキュメンタリー映画を次々に発表している。
世界に伝えたい日本人女性の思い
自分が作った映像を、世界の人に見てもらいたいとずっと思っていました。そして、そのためには、映画の作り手が多く住むニューヨークを目指すのがいいのではと思うようになりました。そんな時、ニューヨークでロイターの記者にならないかと誘われ、相当迷ったものの、14年間勤めたテレビ局を辞める決心をして、2001年に当時8歳だった娘を連れて渡米。しかし、半年もたたないうちに全米同時多発事件で被災し、引越しを娘と二人繰り返し、映像作りどころではなくなってしまいました。 そんな中、私を救ってくれたものが3つありました。まずはもちろん娘の存在、この子のために強くならなきゃという思い。そしてロイターの仕事、株式市場の日々の動きをレポートしている私にとって、毎日仕事にいけば、そこに日常があるということが安心感につながりました。その日にアメリカのマーケットを動かした材料は何なのか、事実確認を繰り返しながら原稿を仕上げて伝える。そして週末用の番組では、ニューヨークの現場に取材にいく。「被災してこんな大変なときになのによく毎日会社に来るね」とあるカメラマンに感心されましたが、私からみれば、この多忙な仕事があったからこそ、前に進めた部分が大きかったです。3つめは、多くのニューヨークに住む日本人女性たちとの出会いでした。 たまたま9月11日にランチを初めて一緒にしようと約束していた女性が、ほかの女性たちを集めてくれて、私に洋服をたくさんくれました。次の日から着ていく洋服もなかったからです。この人たちに助けてもらううちに、ふと思いました。「この人たちは、なぜニューヨークにいるのだろう」と。そして、この人たちのことを映画にしたいと。7回の引越し後、ようやく生活が安定し、彼女たちへのインタビューを始めました。すると、不思議と皆、自分とお母さんの関係について語るんです。「母は専業主婦だったけど、自分は働きたい」など、お母さんとは違うアイデンティティーを求めて渡米してきた女性が多かったんです。その日本人女性たちの思いを、ニューヨークから世界へ伝えたい、伝えなくてはと思いました。それから8年。2009年に出来上がったのが、ドキュメンタリー映画『母の道、娘の選択』です。作りたいのは“それぞれが、それぞれの人生を振り返る映画”
この第一作がきっかけになって、次に取り組んだのが、2011年の東日本大震災の後、東北に生きる女性たちの思いをあつめた作品『311:ここに生きる』です。9.11でも3.11でも取材中に何度も聞いた声がありました。それは、「過去は変えられない。未来も分からない。だから今を大切に生きるのだ」。この映画は、英語だけでなく韓国語や中国語、イタリア語、スペイン語、フランス語などにも翻訳されて、世界中で上映されました。私もこの映画と共に旅をし、それぞれの国の観客と共に同じ映画を何度も何度も観ました。しかし、不思議なことに、それぞれの国でそれぞれの観客と観る映画は、その度に違った印象の映画となるのです。映像は生き物だなと実感しました。なぜ、そうなるのか。 一つの理由は、私の映画は、一人よがりの映画ではないからだと思っています。赤ちゃんに食べ物をスプーンで食べさせるように、このシーンはこう見てくださいなどと、押しつけるような映画は嫌なんです。私が映画を作るのは、自分の考えを押しつけるためではなく、その映画を観ることで、「ここはおんなじ気持ち、でもここは違うな」と、映画の登場人物たちと心の中で会話が成立し、自分のこれまでの人生を振り返って、じゃあこれからはどうしようかなと考え始めるような映画です。出てくる思いは人それぞれでいい。だから、思い切って第2作は、ナレーションは一切使わず、観客が直接登場人物たちと話しているような編集をしました。 そして今年、私の3作目の監督作品、ドキュメンタリー映画が完成しました。今回の映画は3作目にして初めて男たちが主人公です。400年前に世界を舞台に生きた侍たちと、その侍たちを指針に今を生きる男たち。映画は、日本の仙台や松島、石巻、アメリカのニュージャージーやニューヨーク、そしてスペインのセビリアやコリア・デル・リオを舞台に展開します。400年前の男たちの夢が、今どう生かされているのか、探っていきます。 この作品は、完成まで3年かかりましたが、出来上がってみると、第1作の「なぜ日本女性が、母国ではなくニューヨークで仕事することを選択したのか」を問う作品『母の道、娘の選択』、そして第2作の「大震災からの女性たちの復興」をテーマにした『311:ここに生きる』、それぞれの続編と言える作品となっていきました。これが台本のない事実を積み上げていくドキュメンタリー作りの醍醐味です。撮りためた映像を、積み木を積み上げるように構成していく。その構成がうまくいくときもあれば、まったくだめで積み木を崩さなくてはいけないときもある。今回は監督だけでなく、初めて撮影や編集も自分でしたので本当に大変でした。しかし、日々挑戦することが私にエネルギーを与えるので、あえて初めてのことに挑戦しました。近い将来、前2作同様に、この映画も世界各地の人々に観てもらえたらこんなに嬉しいことはありません。大切なのは自分にとってのリアル
災害や震災、戦争や攻撃、日々様々な事件が起きています。毎日の小さな悩みも消え去りません。ですが、どれほど辛い目に遭ったとしても、最後に必ず残るものがある。それは、人の“温かさ”と“思い”です。 今の人たちは、インターネットを使ってどんな場所にも行けるし、誰とでも話せる、とても便利な時代です。でも、本当に大切なことは、その場にあるエネルギーだったり、反応だったり、空気感だったりします。映画を作っていても同じ。どれだけリサーチしても、結局は現場の空気によって、これまで思っていたこととまるっきり違うことが浮かび上がることがあります。情報過多の時代において大切なのは、自分にとっての体感、リアルは一体何なのかを考えること。これからも、そのきっかけになる映画を作り続けていきたいと思います。ジャーナリスト、映画監督 我謝京子
ニューヨーク、ロイター本社のタイムズスクエア・スタジオで行った今回の『私の哲学』。ライティングの明るさが印象的なスタジオで、会話のキャッチボールが楽しいインタビューでした。我謝京子さんのニューヨークでの数々のエピソードを聞き、先を見て、考えて、自分を変化させていくことは、必要だと改めて思いました。また自分自身が”be original”でないと差別化ができず個性のない人物になってしまいます。個性を磨くことは世界スタンダードで必須だと感じたインタビューでした。
2017年9月 ニューヨーク、ロイター本社 タイムズスクエア・スタジオにて ライター:MARU 撮影:Sebastian Taguchi