インタビュー・対談シリーズ『私の哲学』
私の哲学Presents
第113回 有川 一三氏

「ジュエリーは聖なる芸術である」。宝石・ジュエリーの芸術性と精神性を広く伝えるためにコレクションをし続けて30数年。その貢献が認められ、フランス政府から芸術文化勲章シュヴァリエを授与されるなど、国内外のジュエリー界に大きな影響を与えているのが有川一三氏。メトロポリタン美術館、ボストン美術館をはじめ、世界中の美術館からは展覧会への出品依頼が絶えず寄せられる。人の心を揺さぶる力がある宝石・ジュエリーとの関わりを、過去、現在、未来と語っていただきました。

Profile

113回 有川 一三(ありかわ かずみ)

アルビオンアート株式会社 代表取締役
アルビオンアートジュエリーインスティテュート主宰
フランス共和国芸術文化勲章シュヴァリエ叙勲
メトロポリタン美術館(ニューヨーク)国際評議会会員

1952年福岡県北九州市生まれ。1977年早稲田大学政経学部卒業。 1985年アルビオンアート株式会社 を福岡に設立、代表取締役社長に就任。 1999年5月にアルビオンアート 東京サロンをホテルオークラ本館にオープン。
2003年からは文化事業 部門としてアルビオンアート・ジュエリー・インスティテュート (AAJI)を 設立し、2003年東京都庭園美術館他3会場での 「ヨーロッパ・ジュエリー の400年展」、2007年Bunkamuraザ・ミュージアム他2会場での「ティアラ展」、2008年箱根彫刻の森美術館、 福岡市博物館での「カメオ展」 2007-2008年ベルギーでの「ブリリアント・ヨーロッパ展」、 2010年カタールでの「バール展」、2020年国立科学博物館での「特別展・宝石 地球がうみだすキセキ(GEM展)」、2024年上海レコール・ジュエリーアートセンターでの「エメラルドの庭:宝石の探求展」、パリレコールの「DIVIN JEWELS」展など、国内外の数多くの展覧会 に協力し、ジュエリーと芸術・文化の交流に広く貢献している。
2005年~2017年東京藝術大学非常勤講師(西洋宝飾史担当)。2009年4月 には今までのジュエリー分野におけるフランス及び世界に対する貢献に対し、フランス共和国政府より芸術文化勲章シュヴァリエを授与される。2019年よりメトロポリタン美術館国際評議会会員。

アルビオンアート ウェブサイト

宝石との出会いと仏教の縁

宝石と出会う前、私は紆余曲折の連続でした。
同志社大学に入学してわずか半年後、大徳寺のお坊さんとの出会いに心を動かされ、翌日に退学届を出して、お寺に転がり込んだのです。2年半後、早稲田大学に入り直しましたが、学費を自分で払うため、学習塾を始めました。
しかし、教育に真の志はなく、「とりあえず食べていくため」という気持ちが意識の根底にあったことから行き詰まり、26歳で再び仏門をたたくことに。ある非常に優れた仏教者との出会いがきっかけでした。その方の下で本格的に仏教を学び、出家までしたのです。
ある日、お師匠様から「歴史上の祖師大師が全員発した言葉がある。それを明日までに考えてきなさい」というお題を出されました。悩み苦しんだ夜、座禅中に「すべて丸抱えで私を鍛えてくれている師匠を殺して逃げる」というイメージが浮かび、自分の心の闇の深さに絶望し、「恐ろしい!」と思わず叫んだのです。

翌日、「歴史上の祖師大師方が発した言葉とは、『恐ろしい』でしょうか?」とお尋ねすると、お師匠様は「そうです。誰しも自分はいい人だと思いたいもの。でも、歴史上すべての祖師大師はひとりの例外もなく、自己の心の闇の深さに絶望したのです。そして、そこから深い信仰と真の修行が始まります」とおっしゃいました。
2年ほど修行した後、「自分の人格と能力では無理」と思い、再び俗世に戻ることにしました。「これから何をしていこうか」と思った時、母が創業し姉が継いでいた宝石の仕事が頭に浮かんだのです。幼い頃、母が持っている宝石を見たときに「美しい」と思った感動が残っていたんだと思います。正直なところ、「これでもやろうかな。これぐらいしか仕事はないかな」という気持ちでした。当時の私は自分の人格に全く自信が持てず、「宝石商なら自分の人格が15点でも、宝石に45点の責任を持てれば合計60点。成績表の『可』にはなるかな」と考えたのです。

美の本質と感動の力

仏教美術に導かれ、若い頃から仏像のコレクションを始めていた私は、当初、仏像のほうが宝石よりも格上だと思っていました。特に京都、奈良の仏像との触れ合いは、私にとって決定的な目をつくってくれたと言えます。興福寺の北円堂の「無著菩薩立像」を見たときのインパクトは言葉では言い表せないほどでした。「慈悲」という概念を徹底したリアリズムの様式で表現されたこの彫刻の圧倒的な実在感は、世界にさえないと思えるものでした。

しかし、ある日、奈良の大手古美術商の奥屋敷で驚くべき体験をしました。私が持参したジュエリーの蓋を開けた瞬間、壁の周りの仏像がバタバタと倒れ、「参りました」とお辞儀をしたようなイメージが強く湧いてきたのです。そこにあるジュエリーの美の力がそこにあった仏像の美の力より優れていると感じた瞬間でした。美はカテゴリーではない。存在一つひとつの美的生命力、美的クオリティーこそが芸術の本質だと悟ったのです。
このような経験を重ねる中で、私は「宝石とは何か?」という根本的な問いに直面しました。チベット仏教の最高位であるダライ・ラマ14世聖下にお目にかかる機会があったのでお尋ねすると、聖下はこうお答えになりました。

「仏にはいくつかの姿があります。ひとつは、ダルマ(法、真理)としての仏。もうひとつは、我々一切衆生を救うために仏の世界(真理の世界)からこの世界へ降りて来た仏たちです。その仏たちの多くは、宝冠やネックレスなどのジュエリーを身に着けています。それは『私たちはあなたがたを救うために真理の世界から来た者です』ということを、真理の世界の美、極楽浄土の美(つまりジュエリー)を身に纏うことで示しているのです」

このお言葉は、私のジュエリーに対する理解を深め、その聖性と精神性を再認識させてくれました。仏教経典に描かれた精神世界が宝石・ジュエリーの美で荘厳されているという事実は、ジュエリーの持つ本質的な価値を示唆しています。

美しいものには、人を感動させる力があります。
宝石の中で特に感動したのは、300年ほど前に掘り尽くされたインドの「ゴルコンダダイヤモンド」。その透明感と純粋さは、物質の中でこれほどピュアなものが存在するのかと驚かされました。また、ドイツのドレスデンにある「ドレスデングリーン」というダイヤモンドを見た時も、「これは人間にはつくれない至上の美しさだ」と感じました。

今はカタールの国立美術館所蔵となっているナポレオンのカメオを見た男性が涙を流し続けたり、ティアラの展示の前で3人もの方が感動のあまり失神したりした経験も。ジュエリーは単なる女性の贅沢品ではなく、圧倒的な感動を引き起こす力を持っているのです。

感動は芸術の原因であり、結果でもあります。美に感動することで人間の魂が何らかの影響を受け、質的に変化するのです。そして、その奥にあるのはおそらく「真理」です。美に感動することが、真理とコンタクトできるきっかけになるかもしれません。

志が現象をつくる

私の仕事を通じて実感したのは、「志が現象をつくっていく」ということです。後に英国王室長官となられたカモイズ卿との出会いは、その典型的な例です。当時はバークレー銀行とオークション会社サザビーズの副会長をしていらした卿に、「聖なる究極の美的生命力にあふれたジュエリーを集めた美術館をつくり、人類(世界)に残したい」という志を語りました。すると、私の経歴や実績を一切聞くことなく、ただ私の志だけを受け止め手を差し伸べてくれたのです。そして、すぐに3人の方を紹介してくださいました。

カモイズ卿のお姉様は、大英博物館とヴィクトリア&アルバート博物館の美術品をいつでも手に取って見られるような特別な機会を設けてくださいました。世界一のジュエリー学者ダイアナ・スカリスブリック女史は、30年以上にわたり弊社のオフィシャルな学術的アドバイザーとして支援してくださいました。

世界一のジュエリーディーラーは、私が「この分野で世界一になる!」と宣言したとき、家族会議を開き、私を世界一にすると決めてくれたのです。30年以上経った今、「もうカズミは世界一になったね。このレベルの作品は私たちでも扱えない」と認めてくれました。
この経験から、能力や人格ではなく、価値ある志を立てることで、それを達成するための条件が整えられていくことを実感しています。

困難を乗り越える姿勢

私の人生は、90%以上が困難の連続でした。常に支払いのプレッシャーに押しつぶされそうになりながら40年以上を過ごしてきたように思います。ジュエリーの美を多くの人と分かち合うために、その感動のインパクトにおいてルーブル美術館にも匹敵するようなものをつくろうと思ったなら、身の丈以上の作品に挑戦することも多々あります。おかげさまで世界のディーラー達やコレクターの方々からは信用していただいているので、購入から支払いまで長期の後払いも可能であり、これぞ!と思った必要なジュエリーのかなりの部分を買うことができるのです。ですから、いつも支払いが壁のように立ちはだかり、常に支払いのプレッシャーにさらされた人生でもあります。

しかし、困難があることで意識が正常になり、人間として磨かれていくと感じています。苦しみがあると、よりつつましやかに生きようと考えますが、逆に調子が良すぎると驕り高ぶってしまうのです。私自身、どちらかというとそうなりやすいタイプなのです。

困難を乗り越えるには、正面突破しかありません。やろうとしていることが本物であれば、あらゆる要素は集まってくる気がします。困難が起きるとひるみます。弱き心は常に起こってきますし、腰砕けになりそうになります。壁にぶつかって立て直して……を繰り返すうちに、あるとき明るい広野が開き、思っても見ない高みにいる自分を見出すことがあるのです。

未来に向けたジュエリーの価値

近年、ジュエリーを「アート」として見直す動きが世界的に広がっています。今、地球の水が汚れ、空気が汚れ、緑が劇的に失われてゆき、地球から美が失われようとしています。地球から美が失われれば、人類は滅びる。もはや、美は付加的価値ではなく、人類の生存をかけたコンセプトなのです。そして宝石とジュエリーは、地球が生み出した自然の美と人間の祈りの造形です。再び、人間の精神や生命をサポートする重要な役割を担う可能性が高まっているように思います。

これからは、「すべてが人間のためにある」という人間中心の価値観ではなく、多くの生命体が生存する地球環境を良い状態に維持しながら、人間がそこにいかに適合し生存していくか?という地球中心の価値観が主流となるでしょう。

私の理想は、ジュエリーにおける聖なる美と感動の創造です。1000年後の人々も深い感動を覚えるようなコレクションを創造し、可能な限り高いレベルで人々が触れることのできる場や機会を提供することです。この志を持ち続けていられることが、私のささやかな価値かもしれません。

人類の究極のジュエリーをみんなで力を合わせて集めることは、ジュエリーの「ルーブル美術館」を創造すること。ルーブルの真の価値は、建物や学者ではなく、集まった作品が本体であり、その作品に触れて覚える感動こそがその本質です。「集めることはルーブルになること」なのです。人々がその美術館を訪れて、その中でそこに集ったジュエリーと共に時を過ごし、その美術館を後にするとき、心が洗われ、魂が浄められたと感じるような美術館です。その美術館が永遠に全世界の人々に深い感動を与え、人類の魂を浄め、地球を清め続けるものとなることを祈って。

ヘレニズム 黄金のイヤリング 紀元前300年頃

<素材とデザイン>
紀元前4世紀の古代ギリシャのゴールド・イヤリングは、グラニュレーションとフィリグリーで仕上げられた様々なエレメントで構成されている。トップの円盤の正面は、ビーディングを施した縁飾りの内側にパルメット(ヤシの葉模様)で取り巻いたロゼット(円花飾り)で装飾されており、そして滑らかな裏のループから垂れるチェーンは、両脇にパルメットを配し一緒に後ろ足で立ち上がる2頭の馬を冠したグラニュレーションを施したシンメトリーな、スクロールするオーナメントで覆われたボート・シェイプのペンダントを保持している。裏側は滑らかになっている。パルメットを冠した種子にも似た畝模様を施した球状のペンダント(垂れ飾り)を先端に付けた、交互に長短に配した8本のループ・イン・ループ・チェーンが下側の9個のロゼットに取り付けられている。センターのロゼットからは、短いピラミッド型のペンダントが下がり、さらに2個がその他のロゼットに取り付けられている。 古代ギリシャ、紀元前4世紀。

<プロヴナンス>
フランチェスカ・アルトゥーナ・オブ・ベルジャム、1960年代、以後彼女の娘、アメリカのプライベート・コレクション。ジャック・オグデン博士による鑑定書が添付されている。

<解説>
このイヤリングは、全盛期のギリシア・ジュエリーの美しさと繊細さを例証している。ロゼットやパルメット、後ろ足で立ち上がる馬、スクロール、木の実などの多くのモティーフはそれぞれ、古典時代のゴールドスミスの驚くべき精緻さのグラニュレーションとフィリグリーの技法によって仕上げられている。さらに、これらのモティーフの多様さに加えて、その豊富さは最初の所有者が極めて裕福かつ身分の高い女性であることを示している。彼女の長い黒髪を背景に、揺れて太陽の光を捉えるこれらのペンダントの効果は、非常に印象的であったに違いない。このイヤリングは、クレタ島やギリシャ北部、東部、黒海の北岸と南岸の双方で発見された、同じように複雑かつ精巧なイヤリングのグループに属するものである。
J. オグデンとD. ウィリアムズ共著『古典世界のジュエリー』(1994年、大英博物館刊)no.63を参照のこと。

ダイアナ・スカリスブリック
マスター・オブ・アーツ
イギリス古美術研究家・歴史家協会特別会員
ジュエリー・ヒストリアン

「カロリーヌ・ボナパルト(ナポレオン妹)旧蔵
モレッリ作バッカス・カメオ 19世紀初頭

<素材とデザイン>
積層アゲートによるバッカスのカメオは、カールした髪にブドウの実と葉の環飾りが冠されそれを結んだリボンが肩にまで垂れている。動物の皮をまとい、1本の肢が首の左側に、ダークな毛皮が右側に見られ、左向き横顔を見せている。肩帯の上にローマ字体の大文字でMORELLIとサインされており、ニコラ・モレッリ(1771-1838)を指している。ローマ製、1810年頃。

<来歴>
ナポリとシチリアの王妃、カロリーヌ・ミュラ、ムーア一族への彼女のギフト、以後その子孫による相続。

<解説>
ここにあるように、モレッリは積層アゲートの5つの層を利用して、彫刻と絵画のアートを結び付けた宝石彫刻の傑作を創造した。洗練されたピュア・ホワイトの横顔と首、肩、動物の肢はダークでグレーイッシュな地に浮きたち、濃いチェスナット・ブラウンのカールした髪と対比している。その髪は、今度はブドウの樹の茎と葉を際立たせ、耳を覆うほぼ透明なブドウの房において際立ちの頂点に達している。この石のサイズとこれら様々に発色した層の深さと広がりの不確実さは、モレッリに巨大な課題をも与えたが、彼は極めて成功裏に対処したために、それらの層は彼が自らの作品のために必要とした正確な位置に、自然が配置したかのようである。彼はボナパルト一族のメンバーの肖像カメオを製作した( L. ピルツィオ・ビロリ著『ニコラ・モレッリ、ハードストーンの彫刻家、ローマ市立博物館紀要』VI(1992年)63-76ページ参照)ことから、ナポレオンの妹のカロリーヌとその夫で1808年から1814年までナポリを支配するとともに皇帝のポリシーに対応して積極的にアートを庇護したジョアシャン・ミュラの知己を得た。モレッリは肖像作家であったのみならず神話的テーマもまた専門とし、ワインの神バッカスの信仰と結び付いたそれらは19世紀初期に特に好まれた。ここでは、彼は、バッカスをそこはかとなく繊細で、思索に耽った、夢の中にいるかのような青年として表現した。
この理想化された美の彫像は、記念碑的彫刻像の雄大さを具えており、ローマの伝統的な宝石彫刻のアートの最終の盛期を代表するものとなっている。

ダイアナ・スカリスブリック
マスター・オブ・アーツ
イギリス古美術研究家・歴史家協会特別会員
ジュエリー・ヒストリアン

ベルエポックショーメ作 ピンクスのティアラ 1905年頃

<素材とデザイン>
ショーメによるダイヤモンドとミルグレインを施したプラチナのティアラは、茎と蕾のサークレット(飾り輪)から立ち上がる茎に、アン・トランブラン(揺れる仕掛け)にマウントされたピンクス(“ディアンサス”ピンクスのラテンネーム(アメリカナデシコ))のグラデュエーションしたグループで構成されている。
全面にクッション・シェイプのオールド・ブリリアント・カットおよびローズ・カット・ダイヤモンドがセットされ、センターに重量19.56カラットのオールド・ブリリアント・カット・ダイヤモンド(ペンダント用として着脱式になった)が配されている。
フランス製、1905年。

<来歴>
マダム・アンリ・ヴェンデルから、息子のフランソワにそのオデット・ユマンとの結婚に際して、その後はド・ラ・ロシュフーコー一族のメンバーの子孫に継承されたもの。

<解説>
ここにおいてジョゼフ・ショーメは、すべてのジュエリーの最高峰に位するティアラへの自らの熟達を示している。当時の主流のジュエリーの中では珍しいこの自然主義的なピンクスのテーマは、アール・ヌーヴォーの影響を示しているが、素材価値の高いプラチナとダイヤモンドによって表現されている。この花の選択が結婚のギフトとして非常にふさわしいものである点は、花言葉においてクローヴ・ピンクス(カーネーションの一種)は真の愛を象徴するために用いられることもあるからである。
ショーメは、風にそよぐかのように動く軽やかで繊細な花々のブリリアントな効果を、センターからよりいっそう明るく輝き立つ大きなダイヤモンドを用いて創造した。このダイヤモンドは、ペンダンドとして使うために着脱式になっている。1905年11月10日のこのピンクスに彩られたティアラの配送から数週間後、マダム・ヴェンデルは同じくピンクスを象徴するストマッカー・ブローチを受け取った。かくして彼女の義理の娘は、必要な時にはアン・スュイットになった2点のアイテムを着用した。同じようなデザインでエメラルドとダイヤモンドを使ったイギリス人の顧客の為に作られた作品が記録されている。影響力の強いヴェンデル一族は、1704年に南東フランスのアヤーンジュに設立された製鉄王たちの王朝に属しており、彼らはナポレオンの常勝軍に大砲を供給していた。それ以来、ヴェンデル家は鉱業と産業のその他の分野へと多角化して繁栄を続け、20世紀の間に妻がこのティアラを着用したフランソワはフランス銀行の理事となった。

ダイアナ・スカリスブリック
マスター・オブ・アーツ
イギリス古美術研究家・歴史家協会特別会員
ジュエリー・ヒストリアン


杉山大輔さんは底抜けに明るい方です。その仕事のスピードはスーパーマンでもかなわないのではないかと思えるほどです。そして、相手に対しては誠心誠意の極みです。私も後を追っかけていくのが大変ですが、ぐいぐい引っ張って行ってくださいます。
私は常に、主人公は作品としてのジュエリーだと思って、メディアに自分が出ることは可能な限り避けてきましたが、大輔さんの魅力に引きずられて、今回は『私の哲学』に出させていただくことになりました。今は大変ありがたいことだと思っています。
スポンサーなしで2007年から112回もこの記事をつくり続けていらっしゃる大輔さんの、世界の人々に対する愛の大きさには心底驚いています。これからのさらなるご活躍をお祈り申し上げます。

アルビオンアート株式会社 代表取締役 有川 一三


有川一三様とお会いしてから、早いもので3年が経ちました。有川様は、名高いコレクターであり、私は『私の哲学』でぜひ取材をしたいと、これまで約10回お願いしてきました。毎回お会いするたびに、有川様のお話に心打たれ、何か新たな視点やインスピレーションを得ることができました。
1年前、有川様との打ち合わせの前に、詐欺師や道徳感のない人々に騙され、人の良心を疑わざるを得ないような経験をし、経済的にもメンタル的にも深刻なダメージを受けていました。そのため、打ち合わせをキャンセルしようかと悩むほどでしたが、それでも予定通り伺うことにしました。 有川様は私の顔色が優れないことに気づかれ、事情をお話ししたところ、有川様はご自身の数十億円規模の取引にまつわる話を語ってくださり、まるで映画のような壮絶な体験に驚かされました。それを聞いて、自分がいかに小さなことで悩んでいたか、器の小ささを痛感しました。

その後、有川様に悩みを相談したところ、心から話を聞いてくださり、宝石に込められたパワーや、ルネッサンス時代のジュエリーについての物語などを教えていただきました。幸運にも、有川様の大切なコレクションの一部を購入させていただく機会をいただきました。18世紀につくられたソクラテスのインタリオ(陰刻)のリングです。ジュエリーに秘められたストーリーを知り、それを身に着けるたびに自然と知恵と力が湧いてくるのを感じます。

『私の哲学』は今年で17年目、今回の取材は113回目でした。有川一三様の「13」という数字と偶然にも一致したことに、ご縁を感じずにはいられません。ジュエリーの世界に足を踏み入れるきっかけをくださった有川様は、世界でも有数の経験と志を持つ、日本を代表する世界的なコレクターです。 美しさや知性を保ち、人生を真に価値あるものにするためには、その志を常に磨き続ける必要があると、有川様に教えていただきました。 今回、アルビオンアート本社の茶室 有庵で密な取材をさせていただいたこと、そしてスタッフの皆様のご協力に心から感謝申し上げます。

『私の哲学』編集長 杉山 大輔


40年以上にわたる美の追求を描いた大著完成

テーマごとに分けられた10章で構成される本書では、古代のカメオやインタリオから1950年代のファッショナブルなジュエリーまで、厳選された作品を紹介。それぞれのジュエリーが、ジュエリー史家であり共同執筆者でもあるダイアナ・スカリスブリック氏の科学的アプローチと有川氏のビジョンとの対話を育んでいます。

聖なる宝飾芸術~永遠の美を求めて~

著者:有川 一三
解説:ダイアナ・スカリスブリック
写真:ニール・ヘルマン
出版:フラマリオン社 2024年10月3日発行
ハードカバー 85ポンド|520ページ|24 x 31 cm
日本語版:世界文化社 2024年12月初旬発売 本体価格19,800円(税込)


New York Times "He Says Jewelry Offers ‘Heart-Shaking Inspiration’"
Financial Times "The world’s most beautiful private jewel collection"

2024年9月 Albion Art本社 有庵にて
取材・編集: 杉山大輔
プロジェクトマネージャー:安藤千穂
文:柴田恵理
撮影:浜屋えりな