『医師が教える幸福な死に方』、『人生最期の日に笑顔でいるために今日できること』の著者、川嶋 朗氏。総合医療による診療を行う氏に、健康と死に対する考え方についてお話を伺いました。
Profile
第82回 川嶋 朗(かわしま あきら)
医師 | 医学博士 | 東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科 教授
1957年東京都生まれ。北海道大学医学部卒業。東京女子医科大学大学院修了。1993年から1995年まで、ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院に留学。2003年、日本の大学病院初の統合医療診療を行う「東京女子医科大学附属青山自然医療研究所クリニック」を開設し、所長に就任。体が冷えることの怖さについて早くから警鐘を鳴らし、また、「よりよく生きる」「悔いのない、満足のいく人生を送る」ための心得として、「自分の理想的な死とは何か」を考えるQOD(クオリティ・オブ・デス=死の質)の提唱者でもある。
主な著者に、『健康法で死なないための42のカルテ』(水王社)、『病気の9割は「あいうえお」で防げ!』(創英社/三省堂書店)『川嶋流温活で心とからだの万病を防ぐ』(メトロポリタンプレス)、『キレイが目覚めるドライヤーお灸』(現代書林)他多数。
保険診療は他人のお金を使っている
日本の医療費は、増大の一途を辿っています。このままいくと国を滅ぼしかねません。風邪のような些細な問題でもすぐに病院へ行き、医療費が増えてしまいます。国民皆保険で勘違いしてはいけないことは、医療費の負担が3割で済んでいるのではなく、7割は健康保険、つまり他人のお金を使っているということです。後期高齢者は9割、中学生以下の子どもは10割が他人のお金で診療を受けているんです。だから、「この程度で病院に行ってもよいのか」、「病気になるまい」という意識をみなさんに持ってもらいたいですね。普段は自分の体を気遣わず、「病気になったら医者に行けばいい」という依存感覚、つまり「お任せ医療」では、医療費は増え続け、赤字国債(子どもたちへの借金)が増えていくだけです。
西洋医学は病気を敵とみなして駆逐する狩猟民族の医学です。それなりに成功は収めてきましたが、敵をはっきりさせなければ治療できないので、検査で何も異常が見つからないと手も足も出ません。西洋医学に欠けている部分は、“病気を抱えているのは人間である”という意識です。たとえば、西洋医学では体が弱い人でも強い人でも、同じ病気ならば同じ治療が行われます。そのため、体力のない人が治療によって体力を奪われ、命を落としてしまうこともあります。患者さんには患者さんなりの価値観があるのに一律の治療しか提供しない。病気をたたけば全ての人が幸せになるだろう、と考えてしまいがちなのが現代の通常医療です。伝統医療に対する教育システムを
今の医療には限界が見えています。患者さんそれぞれの生き方、考え方があり、西洋医学では治療できない難しい疾患もある。そこで注目されるのが、補完・代替医療です。中国、インド、東南アジア、アラブ、ヨーロッパなど、世界各地には古くから伝わる伝統医療などがあり、公式にそれを西洋医学と上手く織り交ぜています。日本では通常医療以外の治療は、通常の医療機関では受けられません。それどころか何の規制もないまま適当に行われています。治るというデータはないのにがんが治るかのように騙す医者、頭ごなしに西洋医学を否定する人、邪教の教祖みたいな人がいて、患者さんは言われるがまま治療を受けてお金も命もなくしてしまう。そうした被害にたくさんの方が遭われています。海外では、補完・代替医療を教育するシステムがほぼ出来上がっていますが、日本だけが整っていません。 厚生労働省へこの現状について話をしに行ったことがあります。日本の行政は新しいことはしたくないのが本音のようで、上からの圧力でもないと聞く耳を持ちません。たとえば、認可していない治療を受けて被害にあったとしても、それは厚労省の責任ではないという考え方が根底にあるようです。きちんと医学教育を受けていない民間人によるホメオパシー、お金儲けだけが目的の点滴療法、効果のない健康食品、整体師などの無資格の施術者などは野放し状態で、被害者が後を絶ちません。治療を受ける側にも知識が必要ですが、治療を行う側がきちんと学び、トレーニングを行う場所が必要だと思います。僕の自然医療大学院の構想は、こうした現状を打開するためのものです。食品に対する日本人の意識
スーパーやコンビニエンスストアの食品は、無駄を出さないために日持ちする添加物を加えるなど、消費者の健康よりも経済が重視されています。添加物に関する試験は、人では行われていません。動物での試験結果に問題がなくても、それは人に対してエビデンスがあるとは言えないのです。昔、某牛乳メーカーの社員が、「うちの牛乳を飲むなんてもっての外だ」と言ったという話もあるくらい。日本人は、口に入れるものに対する意識が低いですね。添加物に関する規制はほとんどなく、結果的に病気を抱えてしまっても病院に行けば良いと思っている。ミハイル・ゴルバチョフさんが、「日本ほど理想的な社会主義国はない」と言ったことがあります。国の言う通りにしていれば、幸せに暮らせると思い込んでしまっているんです。 逆に、極端に何でもかんでも添加物は駄目だと言う人もいます。そういう人は薬は絶対に嫌だとも言いがちです。そもそも薬は、自己治癒力が低下していて自分の力で解決できない場合にやむを得ず使用するもので、必要がなくなれば中止できるものです。自己治癒力で自分の希望通りにならない状況、場合によっては命すら危険な状態で使用する薬は感謝こそすれ忌み嫌うものではないと思います。前述した「お任せ医療」で、薬を拒否すれば、任せているくせに医者が最良の方法と考えている提案に対する拒否ですから、病院に来ないでということになってしまいます。病気予防は冷えの改善から
病気を改善、予防するには、体を冷やさないこと、体温を上げることが重要です。体温が低いと血液の温度も低いので、血液の流れは滞ります。そうすると、血液で運んでいる酸素や栄養素、白血球や血小板、老廃物などが上手く運べなくなります。ですから、放っておくと大きな病気になるのは当たり前。“冷え”があまり問題視されていないのは、それだけでは簡単に死なないからです。日本の医療は、病気にならないと医療費が支払われないシステムなので、予防に関心が向きません。病気の大半は自分が作っています。原因はウイルスかもしれませんが、僕が風邪をひかないのは、自己管理ができているからです。 人の体は、できてしまったがん細胞を毎日処理しています。がんにならないためには、その処理能力、免疫力を上げればいいんです。免疫力を上げるには、体温を上げることや食べる物、心の在り方も大事です。心は自律神経に影響を与えます。ストレスがかかった状況ではストレス系のホルモンが出て、顆粒球という白血球が増え、リラックスしている状態ではアセチルコリンというリラックス系のホルモンが出ることによって、がん細胞やウイルスを処理する白血球であるリンパ球が増えます。心が自律神経に影響を与えるということは、ホルモンにも免疫にも影響を与えます。心をお座なりにしてはいけません。納得できる死を迎えるために
僕は今のところ、69歳で死ぬつもりです。34歳で結婚したので、68歳まで一緒にいるとワイフに半生をあげたことになるので、69歳になったらもう死んでも良いというエクスキューズができます。でも、それまでには人生における後悔が最小限になっていることが条件です。死の期限を設定しておくと、健康を保とうとしますし、死ぬまでにやるべきこと、やりたいこと、やれることが明確になります。また、死に至るような病気になったとしても、素直に受け入れられるでしょう。健康と死をすべて医者に任せるのではなく、自分で考えて管理することは、医療費の削減に加え、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)の向上にもつながると思います。医師、医学博士、東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科 教授
日本予防医学会理事 川嶋 朗
僕は18歳のとき、アワビを食べてアナフィラキシーショック状態になって死にかけました。その時「死は保証されている」ことを悟り、全力で生きようと思いました。40歳を人生の折り返しと考えると、逆算して考えて行動しなければなりません。川嶋朗先生がおっしゃるように自分の健康状態や人生のエンディングを考えると、時間が足りないので僕はいつも全力で走っています(笑)。 川嶋先生の保険診療と健康に対する明快なスタンスに強く共感し、昨年から体の冷えに関する勉強をはじめ、冷えを改善すると体にいろいろなメリットがあることを知りました。今後先生のアドバイスをベースに、商品開発に取り組みたいと思っています。
2018年4月 一般財団法人 東洋医学研究所付属クリニックにて ライター:楠田尚美 撮影:荒金篤史